肥満と妊孕性(妊娠する能力)の関係に興味ある新しい知見が示された論文を見つけたので、今回はこのお話をしましょう。肥満に関しては、以前にも「妊娠と体重の関係について~あらゆる年齢層の方ができる妊活①~」で取り上げたことがあります。
このコラムでは、①体重と妊娠するまでにかかる時間の関係について研究した論文(Hassan MAM et al. Fertility & Sterility, 2004; 81:384-392)を紹介しました。この論文では、妊娠しようと頑張り始めてから妊娠に至るまでにかかる時間に、体重がどのような影響を及ぼしたのかを研究し、その結果、妊娠に至るまでの期間が一番短いのはBMIが19-24のグループでした。

また、②肥満の女性では流産や死産、また、出生後の新生児時期の死亡も増加するという論文(Tennant PWG , Human Reproduction 26;1501-1511,2011)も紹介しました。この論文では、妊婦さんのBMIと胎児、新生児の死亡率との関係を調べると、BMIが23のところで胎児、新生児の死亡率一番が低くなっていました。

流産する原因の多くは、胚の染色体数異常

さて、今回ご紹介する論文は、体外受精胚移植の治療の際に、胚の染色体数を検査(PGT-A)し、正常胚(正倍数体胚)を胚移植した時に、患者の体重がその後の妊娠成績にどのような影響を及ぼすかを検討した論文です。皆さんはPGT-Aという言葉を耳にしたことはありませんか?体外受精などの不妊治療を受けている方であれば、きっと「あれね!」とピン来ると思います。

PGT-Aとは着床前診断の一つで、体外受精や顕微授精の際に、胚が胚盤胞の時期に達した胚の一部の細胞(数個)を採取して、この細胞の遺伝情報を調べ、染色体数が正常かどうかを検討する胚の診断法です。染色体数が46本の場合は正常な「正倍数性胚」として胚移植に用いることができます。一方、染色体数が46本よりも多い場合や少ない場合は「異数性胚」と診断して、胚移植には適さないとされています。日本でも、日本産科婦人学会の臨床研究として、複数回流産するかたや、体外受精で複数回胚移植するにも関わらず妊娠に至らない場合、この方法を用いて胚の正常性を検査することができます。

自然妊娠後に流産する原因の多くは、胚の染色体数異常だと言われています。また、体外受精でも胚移植後に妊娠しない大きな原因は、移植した胚が異数性胚であると言われています。特に患者さんが高齢になるほど、胚盤胞に達した胚でも異数性胚のことが多く、例えば、40歳では胚盤胞に達した胚の約60%、44歳では約90%の胚が異常な染色体数を持つ胚であると報告している論文(Franasiak JM, et al: Fertil Steril 101, 656-663. 2014)もあります。

これらのことから、もし胚移植をする前に胚の染色体数の異常を調べ、正常の46本の染色体数を持つ胚だけを移植したら、胚移植回数当たりの妊娠率は上昇し、かつ、妊娠後の流産率もかなり減少することが推測できます。

この話を聞くと、体外受精の治療をしている方でまだ妊娠に至っていない方は、もしかしてPGT-Aをしたら、自分も妊娠するのではないかと思われる方もおられると思います。しかし実際は必ずしもそうではないことも知っておいてください。PGT-Aは胚の染色体数の診断をする方法で、染色体数が異常な胚を正常な胚にする治療法ではありませんし、正常な胚が増えるわけでもありません。いくつかの胚盤胞期胚の中に正常胚が無ければ、PGT-Aの操作を行っても移植可能な胚が無いため、無駄な胚移植を行わなくて済むだけです。

また、このPGT-Aの操作は胚に全くダメージが無いわけではなく、わずかながらダメージもあると考えられています。それでも、無駄な胚移植をせずに済むのですから、正常胚があれば、正常胚を移植し、早めに妊娠にたどりつくことができると考えられます。

正常胚移植における体重別の成績について

さて、今回紹介する論文(Cozzolino M, et al. Fertil Steril 115, 1495-1502.2021)では、PGT-Aを行った後に正常胚を一個以上胚移植した3480治療を対象として、BMIにより、18.5未満群(治療数=155)、18.5-24.9群(治療数=2549)、25-29.9群(治療数=591)、30以上群(治療数=185)に分け、それぞれの群の成績について比較解析しました。

その結果は着床率(確認された胎嚢数÷移植した胚数)、妊娠率(βhCGが陽性になった胚移植周期数÷全胚移植周期数)、臨床妊娠率(胎嚢が確認された妊娠周期数÷全胚移植周期数)、生産率(少なくとも生児1人を得た分娩数÷全胚移植周期数)、流産〔生化学的〕(βhCG(妊娠反応)が陽性になったが胎嚢までは認められなかった妊娠)、流産〔臨床学的〕(胎嚢が認められたが、その後妊娠20週までに流産した妊娠)の項目で解析しています。

図1を見てください。図1は臨床成績ですが、着床率、妊娠率、臨床妊娠率は、BMIが高値になるにつれてやや低くなりますが、有意な差をではありません。しかし、生産率においては、BMIが30以上の群において、他の群に比較して有意に低下しました。このことから、体重の変化は妊娠するまでは影響がないが、妊娠した後では、体重が一番重い群で、分娩するまでにトラブルが起こり流産する確率が上昇することがわかりました。

このグラフでもう一つわかることは、正常胚を移植しても必ずしも100 %妊娠するわけではないということです。妊娠のためには胚が正常であることも大切ですが、着床の場である子宮の環境も大切であることがわかります。

流産を防ぐために体重コントロールが必要

さて、図2を見てください。図2は流産の内容を示しています。流産には妊娠反応(βhCG)だけ陽性になるが、胎児を入れる胎嚢が見えないまま流産する「生化学妊娠」と、胎嚢以上の発育が確認できたが妊娠20未満で流産する「臨床学的な流産」があります。

体重が一番重いBMI30以上のグループで流産率が他の群に比較し有意に高まりました。その流産が高まった原因は、流産(生化学的)ではなく、流産(臨床学的)が高くなったためでした。体重が重くなると妊娠してある程度発育しても、流産しやすいと考えられ、著者らは、この原因は体重が重い人では、胎児発育にとって、子宮内環境が悪くなることを推定しています。

似たようなことは、糖尿病の妊婦さんは奇形児を生みやすくなるとも言われていることです。BMIの高値と糖尿病とはイコールではありませんが、妊娠を考えておられる方では、目先の妊娠することだけにとらわれず、体重のコントロールにも心がけていかなければいけないと思われます。