さて、前回2回の記事では精子に関するお話しをしてきました。今回は、日々の患者さんへの診察の中で、精子に関して気になることがあるので、それについてお話ししましょう。前回2回のコラムを読んで、一生懸命に生活改善をされても、ちょっとしたことで、せっかく改善した精子が、今度は別の影響を受けてしまうことがあります。

妊活中は精子を貯めておいた方が良いの?

不妊治療をされている皆さんの中には、タイミングや人工授精、体外受精の際に、その日のために「精子を貯めています。」とおっしゃる方が多くいます。本当に、これが正しいでしょうか?
世の中には色々な情報が流れており、正しいものや、間違ったものもあります。そこで今回は、現在までに、本件について研究された論文を基にお話ししましょう。

インターネットなどでも検索できますが、日本人の性交頻度は諸外国に比較してかなり低いと言われています。コンドームメーカーである相模ゴム工業株式会社が行った調査「ニッポンのセックス2018年版」によると、20代から60代の男女のセックス回数は、「結婚している方」、または「交際相手がいる方」で平均月2.1回だそうです。一番の妊娠・出産の適齢期である20代や30代でも、それぞれ4.3回、2.6回と諸外国に比較してかなり低いようです。このことから、日本人は諸外国に比較し禁欲期間が長いことが予想されます。

性交の少ない日本人

実際、日本人を対象とした調査研究論文には、自然妊娠を希望している未妊娠女性80人(20-34歳)に対し調査した研究( Konishi S, et al. .Int J Environ Res Public Health. 2020: 7 (14): 4985. )があります。この研究は、子宮内膜症、子宮筋腫、多嚢胞性卵巣症候群、男性不妊などの診断を受けたことがない夫婦を対象とし、最長24週間、319月経周期において自然妊娠を試みています。また、その期間中の月経、性交、排卵、妊娠の状況を調査しています。その結果、24か月までの妊活期間中に44%(35人)が妊娠しました。妊娠の有無にかかわらず、この調査に参加した総て夫婦の一か月あたりの性交回数の中央値は、2.5回でした。また、性交回数が多いほど、妊娠する確率も高いことがわかりました。

男性の禁欲期間と精子の質の関係性

このように、日本人は性交回数が非常に少ない国民ですが、禁欲期間が長いと、精液所見に及ぼす可能性があります。この影響について研究した論文をご紹介しましょう( Agarwal A, et al. Urology ;94:102-10. 2016 )。この研究では、7人の正常精液所見の男性7人に禁欲期間として1,2,5,7,9日間で精液を採取してもらい、精液の状態を検査しました。検査項目としては、精液量、精子濃度、総精子数、運動精子率、生存精子率、精子DNA断片化率などを検査しています。

 図1-Aは、禁欲期間と精液量の関係のグラフです。禁欲期間が長くなると、精液量も増加しています。図1-Bは、禁欲期間と精子濃度の関係のグラフです。禁欲期間が長くなると精子濃度も上昇しています。図1-Cは、禁欲期間と総精子数の関係のグラフです。禁欲期間が長くなると総精子数も増加しています。図1-Dは、禁欲期間と精子の運動率の関係のグラフです。禁欲期間が長くなると精子運動率は低下します。図1-Eは、禁欲期間と精子の生存率の関係のグラフです。禁欲期間が長くなると生存精子率は低下します。図1-Fは、禁欲期間と精子のDNA断片化率の関係のグラフです。禁欲期間が長くなると、精子のDNA断片化率は上昇します。

 これらの結果からすると、禁欲期間が長くなると確かに精液量は増え、精子濃度や総精子数も上昇しますが、精子の運動率や生存率が低下し、DNA断片化率が上昇することにより、長期間禁欲することは精子の質を低下させると考えられます。妊娠は究極的には、正常精子1個が卵子1個と受精すればよいのですから、精子の質は妊娠するために重要な因子となります。

男性の禁欲期間が長いと精子の質が低下する

次に、禁欲日数と妊娠率を検討した研究(Marshburn PB, et al. Fertil Steril. ;93(1):286-8, 2010)についてお話ししましょう。妊娠を希望して不妊センターを受診し、人工授精を行った372カップルに対し、866治療月経周期を後方視的に検討しています。人工授精を受ける周期では自然のタイミングは取らないで、禁欲日数と妊娠率の関係について検討しています。図2を見てください。禁欲日数が増えるにつれて、調整前の精子数、調整後の精子数は増える傾向にありますが、妊娠率は、禁欲日数が少ない方が高い傾向を示しました。

これらのことより、禁欲日数が少ないと精子数は減るものの、精子の質が高まり、その結果として妊娠率も高くなったものと推測できます。日本人は、一般的に妊活中でも性交回数が少ないと言われていますので、不妊治療でタイミングを図り、排卵日のみにタイミングを取っている方が多いと思われます。しかし、タイミング法を取るときでも、事前に何回か性交の機会を持つか、またはマスターベーションにより、精子をフレッシュにしておくことは、妊娠の可能性に寄与するものと思われます。

 夫婦が共に仕事を持ち忙しいと、すれ違が多く、また二人が会えたとしても、疲れから性交の機会が得にくいものです。しかし、妊活中であれば、不妊クリニックでのタイミング療法や人工授精、体外受精にのみ頼るのではなく、自分たちができる工夫をして、積極的に自らの精子の質を高めるように、心がけることも大切になります。

(著者)
齊藤英和

公益財団法人1more Baby応援団 理事
梅ヶ丘産婦人科 ARTセンター長
昭和大学医学部客員教授
近畿大学先端技術総合研究所客員教授
国立成育医療研究センター 臨床研究員
浅田レディースクリニック 顧問
ウイメンズリテラシー協会 理事

専門は生殖医学、不妊治療。日本産婦人科学会・倫理委員会・登録調査小委員会委員長。長年、不妊治療の現場に携わっていく中で、初診される患者の年齢がどんどん上がってくることに危機感を抱き、大学などで加齢による妊娠力の低下や、高齢出産のリスクについての啓発活動を始める。

(著書)
「妊活バイブル」(共著・講談社)
「『産む』と『働く』の教科書」(共著・講談社)

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