多嚢胞性卵巣症候群(たのうほうせいらんそうしょうこうぐん)。はじめて聞いた人は、どのような病気か想像がつかないかも知れません。多嚢胞性卵巣症候群とは、月経不順や無月経になることが多く、このことによって妊娠しにくくなる病状を持つ疾患です。この疾患では卵巣に多くの小卵胞がありますが、それらが排卵しにくくなるために月経不順や無月経がおこります。ホルモン的には、抗ミュラー管ホルモン(AMH)、黄体化ホルモン(LH)、男性ホルモンの値が高いという特徴があります。

多嚢胞性卵巣症候群の人の共通点

以前、この多嚢胞性卵巣症候群(2020.3.12)ビタミンD(2019.8.9)、この2つが、不妊症と関連があることについて、それぞれ別のコラムでお話しをしました。しかし、多嚢胞性卵巣症候群の人の約67-85%が、「ビタミンD欠乏症」であるため、両者には何らかの関連性があるようです。
今回、この点に関して論じた総説(Di Bari F, et al. Metabolites. 2021 Feb 18;11(2):116. doi: 10.3390/metabo11020116. )があったので、解説してみましょう。ちょっと難しいかもしれませんが、とても興味深い話なので、なるべく分かりやすくお話しをしたいと思います。

ビタミンDの影響

前回の多嚢胞性卵巣症候群のコラムでは、この病気の原因がはっきり分からないことや、基本的な治療法などについてお話しをしました。また、ビタミンDのコラムでは、ビタミンDが胎盤形成に関与している可能性や、子宮内膜症・多嚢胞性卵巣症候群の人はビタミンDが欠乏している人が多いこと、そして「ビタミンDが十分な人」の方が、「欠乏している人」よりも妊娠の可能性が高いことをお話ししました。

ビタミンDが作用する臓器は、副甲状腺、免疫細胞、すい臓、胎盤、子宮、卵巣、睾丸があり、多くの臓器の機能に関与していることが分かります。他の論文でも、30の臓器の230の遺伝子に関与していると言われており、従来から言われた骨の代謝以外にも、特に皆さんにも興味がある、妊娠に関わる機能への影響、その中でも多嚢胞性卵巣症候群との関連が注目されています。

ビタミンD不足が、卵胞の発育や排卵機能障害に影響?

ビタミンDは、AMHを介して顆粒膜細胞に働き、卵胞の発育や成熟に関与しています。AMHは卵巣の予備能を示す値として知られており、発育初期の前胞状卵胞や胞状卵胞の顆粒膜細胞から分泌されています。、多嚢胞性卵巣症候群では、卵胞の数が多いことや、卵子周期を囲んでいる細胞である「顆粒膜細胞(かりゅうまくさいぼう)」からの分泌が亢進しているため、血清中や卵胞液中のAMHの値が高値となっています。ビタミンD不足は、顆粒膜細胞でのAMH受容体の発現を増加させ、女性ホルモンや黄体ホルモンの産生に影響を及ぼしています。さらに、卵胞刺激ホルモン(FSH)の受容体にも影響し、FSHの作用に影響しています。 
このように、ビタミンD不足が卵巣における卵胞の発育や、排卵機能に障害を与えていることが十分に推測できます。

妊娠力以外にも影響するビタミンD不足

さらに、多嚢胞性卵巣症候群の人が持つその他の病態も、ビタミンD不足との関連が指摘されています。多嚢胞性卵巣症候群の人が持つ病態には、糖尿病、心血管病や脂質など、代謝病の関連因子でもある「インスリン抵抗性」、肥満、酸化ストレスや骨代謝とも関連のある「副甲状腺ホルモン亢進症」などがあり、これらの病態は、ビタミンD不足が存在するとさらに病態を強めているようです。

「インスリン抵抗性」は多嚢胞性卵巣症候群の人の一つの症状ですが、ビタミンD不足によって、症状が強くなります。「インスリン抵抗性」は、2型糖尿病や動脈硬化、心筋梗塞、脳血管障害など、血管を詰まらせる「虚血性心血管障害」の発症を増加させるため、妊娠力だけでなく、健康管理の上でも「インスリン抵抗」は気を付けなければいけない病態です。一方、ビタミンD欠乏を伴う多嚢胞性卵巣症候群の人に対してビタミンDを投与することにより、「インスリン抵抗性」が改善し、月経が順調になったとの報告もあります。

また、多嚢胞性卵巣症候群の発症に、ビタミンD不足と酸化ストレスの関係が指摘されています。「終末糖化産物(AGE)」は、耳慣れない言葉かもしれません。AGEは強い毒性を持ち、老化促進の元凶として注目される酸化ストレス物質です。この物質は、タンパク質が過剰な「糖」のこびりつきによって糖化され、劣化したタンパク質のなれの果ての物質です。この物質が溜まることによって、全身にさまざまな病気を発症させる可能性があります。多嚢胞性卵巣症候群の人では、内因性に発生したAGE、または体外から吸収されたAGEが高いレベルにあると言われています。その結果、顆粒膜細胞や莢膜細胞にAGEが蓄積し、ホルモン産生や卵胞発育、または骨細胞での骨代謝に影響を及ぼしています。

一方、多嚢胞性卵巣症候群の人にビタミンDを投与することにより、顆粒膜細胞中の酵素的酸化ストレス状態が改善され、卵巣のホルモン産生が改善したとの報告もあります。骨形成に関しても、ビタミンD とビタミンKの同時投与により、AGEが引き起こしていた骨形成障害が改善されたとの報告もあります。

このように、多嚢胞性卵巣症候群では、排卵障害だけでなく全身の臓器で障害が起こる可能性が高い状態にあると言えます。ですので、何らかの排卵障害、月経不順がある方は、妊娠だけを目的に不妊クリニックや女性クリニックを受診するのではなく、現在・将来の健康管理のためにも、早期にクリニックを受診し、AMH検査を含めたホルモン検査や超音波検査、ビタミンD測定を行い、健康管理を行うことが大切になると思います。

ビタミンDを形成するために大切なこと

多くの皆さんは、皮膚にシミを形成したり、皮膚がんの原因になることを気にして極力日光を浴びることを避けていると思います。確かに、日光を浴びるとデメリットとしてシミや皮膚がんが起こる可能性はあります。しかし、ビタミンDが形成されるというメリットもあります。今述べてきたように、ビタミンDは多くの臓器で大切な役割を果たしているのも事実です。ですので、適度に日光浴をするか、どうしてもシミや皮膚がんが気になるのであれば、サプリメントで補っていくようにしてください。最近の大規模な調査であるエコチル調査では、「子どもくる病(骨の病気)」が増えているそうです。この原因は、母親が日光を浴びることを避ける「遮光行動」が、子どものビタミンD不足の原因となっているようですので、気をつけてみてください。

(著者)
齊藤英和

公益財団法人1more Baby応援団 理事
梅ヶ丘産婦人科 ARTセンター長
昭和大学医学部客員教授
近畿大学先端技術総合研究所客員教授
国立成育医療研究センター 臨床研究員
浅田レディースクリニック 顧問
ウイメンズリテラシー協会 理事

専門は生殖医学、不妊治療。日本産婦人科学会・倫理委員会・登録調査小委員会委員長。長年、不妊治療の現場に携わっていく中で、初診される患者の年齢がどんどん上がってくることに危機感を抱き、大学などで加齢による妊娠力の低下や、高齢出産のリスクについての啓発活動を始める。

(著書)
「妊活バイブル」(共著・講談社)
「『産む』と『働く』の教科書」(共著・講談社)

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