春になり気候が温暖になると、多くの草木は花を咲かせて実を付けます。これは草木が次の世代を残すための営みであるとともに、この現象によって食物は豊かに実ります。この食物が豊かに実る温暖な時期は、鳥や哺乳類などの動物にとっても、子孫を残すのに最適な時期であると言われています。このため、鳥や動物はこの時期に合わせて出産できるよう、生殖行動をとるべき時期を知り、コントロールしています。では、どういう方法で動物は生殖行動をとるべき時期を予知し、実際に生殖行動を行っているのでしょうか?

動物の生殖行動と日照時間の関係

調べてみると、どうやら動物の生殖行動の変化と毎日の日照時間との間に関連があるようです。鳥類は、日照時間が長くなると生殖腺を発達させており、特に研究が進んだ鶉では、明るい時間が12時間を超えると、脳がこの光刺激を感じて、甲状腺刺激ホルモンを産生するようになります。そして、複雑な伝達経路を経て、性腺刺激ホルモン放出ホルモンや、黄体化ホルモンを上昇させ、性腺が発達します。

一方、哺乳類では、光受容器官である目を通して、光の情報を脳にある松果体に伝えています。その情報により、夜間にメラトニンを分泌し、その分泌パターンにより、生殖に関わる情報伝達を行なっています。妊娠期間が約3週間と短いハムスターでは、長日になるとメラトニン分泌が亢進して繁殖行動が刺激され、春から夏にかけて妊娠・出産しています。また、妊娠期間が約5か月と長いヒツジやヤギでは、短日になるとメラトニン分泌が亢進し、繁殖行動が促進います。どちらの動物も春の出産に向けて繁殖行動をとっています。マウスの研究では、分泌されたメラトニンが脳の下垂体に作用し、甲状腺刺激ホルモンシグナル伝達系を制御し、繁殖行動を制御しています。このように、日長は繁殖のタイミングを決定する重要な因子でありますが、それ以外でも睡眠覚醒のリズムやその他のホルモン分泌、代謝といった生体機能の維持や行動に大きく関与しています。

卵巣の予備能を示す指標、AFCについて

さて、人は哺乳類でありますが、季節に左右された繁殖行動をとっていません。このことからすると、人の生殖には、日照時間の長短などの季節の変化は全く影響しない、とも考えられますが、本当でしょうか?今回ご紹介する研究では、季節変動の中でも、気温変動が排卵のために準備している卵巣内卵子の数(AFC: antral follicle count)に及ぼす影響について検討しています( Gaskins, AJ. et al, Fertil Steril: 116, 1052-1058, 2021 )。卵子は、胎児のときに全ての卵子がつくられた後、貯蓄されます。その後、卵巣内で徐々に死滅し、または一部の卵子は思春期以降に卵胞の発育過程を介して排卵します。人の月経周期あたりの排卵数は通常1個ですが、1回の月経周期に発育を開始する原始卵胞は、1000個ぐらいと言われています。発育を開始した原始卵胞は約3か月かけて、この間に数を減らしながら発育し、3か月目には超音波で検出することができるぐらいの卵胞サイズに達します。月経周期の3か月目には、年齢により通常十数個から数個の卵胞を発育させ、超音波断層装置でその数が検出できるようになります。この3か月をかけて準備された卵胞数を、AFCと呼んでいます。臨床現場では、このAFCはAMH(抗ミュラー管ホルモン)と同様、卵巣の予備能を示す大切な指標となっています。

AFCに影響する気温

今回の論文の研究では、米国のボストンにあるマサチューセッツ総合病院、生殖医療科を受診した631人が参加しています。対象者のAFCを測定する日までの3か月間、1か月間、2週間の居住地の最高気温の平均がAFCに与える影響について検討しています。また、この値は、湿度、PM2.5 、年や月の変動、年齢、教育程度、喫煙の状況、排卵に関わる卵巣疾患といった交絡因子の影響を調整して解析しています。
図を見てください。この図は卵胞数と測定前3か月間の最高気温の平均値との相関を示しています。この2つの数値の間には有意な相関があり、3か月間の最高気温の平均温度が一度上昇すると、卵胞数は1.6%減少しました。これ以外にも、AFC測定前1か月間や2週間の最高気温の平均との間の相関を検討しましたが、1か月間や2週間の場合では、同様に平均温度が上昇するとともに卵胞数は減少しましたが、減少率は小さくなり、かつ相関性も減少しました。温度の変化によるこのような影響は、肺の機能低下や、入院・死亡率の変動を説明するときにも用いられています。

夏は妊活に適さない?

また、この原因は動物ではよく研究されており、高温になると高温ショックが起こり、卵胞発育のすべてのステージで発育障害を起こし、卵胞発育が停止します。また、この卵胞発育を障害するメカニズムとしてしては、性ステロイドホルモンの産生抑制、ミトコンドリアの分布や機能の障害、アポトーシス現象の活性化、活性酸素の産生上昇などがあげられています。

しかし、夏の時期は、この温度による卵胞数の減少傾向が鈍化するそうです。そのもっともらしい理由として、夏の暑さに対して汗が出やすくなり、心拍出量が増加するなどの順化が生じたり、エアコンの使用などのためと言われています。さらに、四季の無い赤道直下の場所や熱帯に居住する人は、高温に対する順化が常に備わっているため、この傾向は見られません。しかし、四季がある場所に居住する人は、夏以外の時期にこのようなAFCに対する影響が顕著になるそうです。すなわち、四季があるところでは高温に対する順化・非順化が繰り替えされるため、夏以外の時期においては、その時期の高温が影響するそうです。

私たちは季節の変化に合わせて生活様式を変化させますが、季節変化は身体の妊孕力にも影響を及ぼしていることがわかりました。