私たち公益財団法人1moreBaby応援団は、「日本をもっともっと子育てしやすい社会に変えていく」ことを目的とした助成事業を行っています。船出の年となった2018年度の本事業は、とても光栄なことに、たくさんの団体の皆さんにご応募していただきました。そして、厳正なる第一次審査、第二次審査を経て、私たちは5つの団体に対する助成を決めました。

今回は、先天性トキソプラズマ症と先天性サイトメガロウイルス感染症の合同患者会である『トーチの会』をご紹介します。インタビューに応じてくださったのは、「トーチの会」の発起人であり、代表の渡邊智美さん。患者会の設立目的や活動内容はもちろんのこと、あまり知られていないトーチ症候群についてもお聞きしました。

「トーチの会」は、母子感染症である先天性トキソプラズマ症と先天性サイトメガロウイルス感染症の患者会

──本日はお時間いただきまして、ありがとうございます。まず「トーチの会」という団体について教えてください。

「近年、増加傾向にある先天性トキソプラズマ症と先天性サイトメガロウイルス感染症の患者会です。2012年に設立し、現在では協力会員も含めると100人ほどの方が会員になってくださっています。顧問医師には、長崎大学小児科教授の森内浩幸先生と、ミューズレディスクリニック院長産婦人科医師の小島俊行先生がいます」

──設立のきっかけや患者会の活動内容もお聞きしたいのですが、先に先天性トキソプラズマ症と先天性サイトメガロウイルス感染症について、ご説明いただけないでしょうか?

「はい。トキソプラズマもサイトメガロウイルスも、母子感染症の原因となる病原体です。『妊娠・分娩・授乳を通してお母さんから赤ちゃんにウイルスや細菌、寄生虫などが感染すること』を母子感染といいます。母子感染する代表的な病原体の頭文字をつなげたものをTORCH(トーチ)症候群といい、トーチの会では、そこに含まれるトキソプラズマとサイトメガロウイルスの先天感染をターゲットにしています」

──TORCH症候群?

「病原体はさまざまで、現在大流行中の風疹ウイルスや梅毒も含まれます。

妊娠中に母体が感染したときの症状は、ほとんどないか軽微ですが、お腹の中にいる赤ちゃん(胎児)にまで感染が及んだ場合は、胎児に問題が起こる可能性があります。妊娠中は、赤ちゃんを排除しないように、意図的に体が免疫力を低下させるため、感染症にかかりやすいと言われています。

TORCH症候群に属するこれら病原体により、お腹の赤ちゃんの成長が邪魔されると、流産・死産から脳障害、てんかん、視覚・聴覚障害、心身の発達障害など、様々な障害を引き起こす可能性があるのです。特にトキソプラズマでは視覚障害が、サイトメガロウイルスでは聴覚障害が、問題となりやすいです。

母体への感染経路ですが、トキソプラズマの場合は、家畜の肉を十分加熱しないで食べたり、感染したばかりの猫の糞やそういった糞が混ざった土を扱ったり、そこで収穫された未洗浄の野菜などを食べたりすることです。サイトメガロウイルスの場合は、子どもの唾液や尿への接触や性行為などです。どちらも口や粘膜に病原体がつくことで感染し得ますが、人間にはいろいろな防御機能がありますから、必ず感染するわけではないですし、また母体が感染したからと言って必ず胎児にまで感染が及ぶわけでもありませんので、これを勘違いしないことが大事です」

──どれくらいの患者数がいると言われているのでしょうか?

「トキソプラズマについては毎年数百人、サイトメガロウイルスは約千人の胎児が感染し、何らかの障がいを起こしているのではないかと言われています。ただし、見逃し例が非常に多いので、実際の罹患数はわかりません。たとえば、サイトメガロウイルスの場合、新生児聴覚スクリーニング検査で要再検査になったり、乳幼児健診などで難聴や発達の遅れが発覚したりすることがしばしばあります。そのときに、たとえサイトメガロウイルスが原因であったとしても、それを特定しようとすることは稀です。新生児の場合は耳に羊水が溜まっているだけだからと再検査すらされないことがあり、乳幼児の場合は難聴に対する治療や療育を優先して原因究明まではせずに、原因不明の難聴や発達の遅れとされやすいのです。トキソプラズマの場合も同じで、出ている症状を単なる脳性麻痺、原因不明の発達の遅れや原因不明の視覚障害などとされ、見逃されることが多いです。」

団体の設立となったきっかけとは?

──渡邊さんがトーチの会を設立したきっかけ、それから経緯についても教えてください。

「私自身の娘が先天性トキソプラズマ症という病気にかかったことがきっかけです。妊娠後期にわかったのですが、2011年のその当時は、トキソプラズマに関する情報がすごく少ない状態でした。ネット検索をしても、国立感染症研究所のホームページや論文しかヒットせず、専門的な情報しかないので、困り果ててしまいました。現在の症状のことはもちろん、予後のことも知りたい。でも情報がないという状態でした。そこでSNSの力を借りて、患者同士で情報交換をしようと試みたのですが、患者数が少ないということで、なかなかうまくいきませんでした」

──「トーチの会」のホームページを拝見すると、そのころにNHKの番組で報道されたそうですね。

「私をセカンドオピニオンで診てくださった小島俊行先生のところに、たまたまNHKの記者さんが取材に来ていたので、良い機会だからと紹介されました。すると、NHKあさイチでとりあげてくれることになったのですが、番組として専門家の意見もほしいということで、森内浩幸先生にもお会いすることになりました。そこで森内先生から、『患者会を作ったらどうか』というご提案をいただきました」

──トキソプラズマだけではなく、サイトメガロウイルスと合同にしているのは、設立当初からですか?

「はい。森内先生から、症例数の少ない先天性トキソプラズマ症の患者だけで活動するよりも、原因となる病原体は異なるものの、類似点が多く、先天性トキソプラズマ症と同じように放置されている先天性サイトメガロウイルス感染症と合同で患者会をつくったほうが動きやすくなるというアドバイスをもらいました。実際、トキソプラズマの研究班は当時なく、サイトメガロウイルスの研究班しかなかったので、合同にしたおかげで研究班の先生方にも協力してもらいやすくなり、患者会として形にしやすかったです。NHKで報道してくださったこともあり、2012年の9月に当会を設立することができました」

活動内容について①「啓発活動」

──具体的な活動内容についても教えてください。

「大きく分けると、トキソプラズマとサイトメガロウイルスに関する正しい情報を広めるための啓発活動と、感染した子どもやその家族をサポートするための活動の2つになります」

──では、啓発活動のほうから詳しくご紹介をお願いします。

「まず、妊婦さんやその家族に情報を届けるためには、“妊婦さんに情報を届ける立場”である保健所などの行政や産院などの施設、医療関係者が情報を持っていないといけません。

ですから、所内・院内勉強会の講師をしたり、学会でブースを出したり、発表したりすることで、医療関係者に知ってもらう活動をしています。最近では、都内の某区役所内勉強会の講師を引き受けたり、日本産婦人科感染症学会でブースを出したり、日本小児耳鼻咽喉科学会でシンポジストとして登壇させていただいたりしました。その様子はブログ(※)でも公開しています。

また、母子手帳の交付時や、妊婦さん向けの教室を開く際に母子感染予防啓発をしてもらえるようお願いしています。具体的には、ポスターやパンフレットなどの資料をトーチの会で作成し、それを用いた両親学級などの教室を開いてもらったり、母子手帳の交付時にパンフレットを挟み込んでもらったり、といったことです。

さらに、会発足以前は、先程もお話したとおり情報がほとんど無く、やっと見つけた国立感染症研究所のサイトに掲載されている情報もあまりに専門的だったので、一般の人が読んでもわかるよう簡単な表現で説明したホームページを作成しました。同時に国立感染症研究所にも一般の人が読んでわかるページをつくってくださいとお願いし、実際にトキソプラズマに関しては作っていただきました」

活動内容について②「サポート」

──感染した子どもや家族へのサポートについてもお願いします。

「まず、情報交換をする場をつくることです。先天性トキソプラズマ症も先天性サイトメガロウイルス感染症も、患者数が少ないので、気軽に相談できる相手がいません。そこで、患者である会員を対象とした交流会を定期的に開いたり、SNSを用いたインターネット上でのコミュニケーションを促したり、会員へのニュースレターを発信したりしています。さらに、会員以外からの問い合わせについても、相談に応じています」

──サポートという意味では、国からの保障は充実しているのでしょうか?

「私たち患者会の声を届けてきたこともあり、2017年に先天性トキソプラズマ症と先天性サイトメガロウイルス感染症が小児慢性特定疾病に入れてもらうことができました。これにより、国からのさまざまなサポートが受けられるようになるだけでなく、予防法や治療法の確立のための研究の推進が促されるようになりました。とはいえ、サポートの対象は保険治療だけですし、まだ両疾患ともに保険適応の治療法がないので実際は問題だらけです。それに、小児慢性特定疾病は18歳までが対象となるので、それ以降は助成されてきたものが途絶えることになります。ですから、大人を対象とした難病指定にも入れてもらえないかと働きかけをしています」

──妊娠中や出産直後のサポートについてはいかがでしょうか?

「2018年の春に、先天性サイトメガロウイルス感染症を診断するための、新生児の尿検査(生後3週間以内の尿)が保険適用となり、診断してもらいやすくなりました。先天性サイトメガロウイルス感染症は生後30日以内に抗ウイルス薬をスタートすることで、予後を改善できたという報告もあります。全員が治療の対象となるわけでも、治療が必ず効果が出るわけでもありませんが、もっと悪くなったかもしれないものに歯止めをかけることができる可能性があります。また、難聴に対しても早く療育を始めることができれば発達に良い影響を与えられることがわかっています。なので、早期発見、早期治療、早期介入が非常に大事なのです。最近では、新生児聴覚スクリーニング検査が全国的に広がってきたので、これを機に、要再検査となった場合は、すみやかにこの尿検査もセットと考えて行ってほしいと思います。そうすることで難聴から先天性サイトメガロウイルスを発見することが可能となり、見落としも減らせるかもしれません。

トキソプラズマについては、妊娠中に感染した事がわかっていれば、胎児への感染を防いだり、胎児の障害の重篤化を軽減したりするための投薬を妊婦にできます。この抗トキソプラズマ原虫薬(トキソプラズマの胎児への感染を防ぐための薬)の投与も2018年の秋に、保険適用になりました」

課題と今後の取り組みについて

──課題についても教えてください。

「サイトメガロウイルスに対する新生児の尿検査や、トキソプラズマに対する妊娠中の投薬が保険適用になったのはありがたいのですが、まだどちらの疾患も出生後の子どもへの治療は、日本では保険診療として行う事ができません。抗トキソプラズマ薬(感染児の治療薬)に至っては、国内で発売されてもいないので、個人輸入しなければなりません。そのため経済的理由から、子どもの治療を断念するケースもあります。早く、妊娠中の抗体検査から出生後の治療まですべてを一続きに、保険診療で診てもらえるようにしてほしいです。
また、NHKや全国紙をはじめとしたさまざまなメディアや、私たちの活動などによって、病気の知名度は上がってきており、サイトメガロウイルスやトキソプラズマという名前は聞いたことがあるという人が増えてきました。でも、実際の大事な予防法や病気の内容について知っている人は少ない状態です。これは母子感染症だけのことではありませんが、インターネットなどを通じて誤った情報が広がっているということも問題です。情報が届かないということに加えて、正しい情報を届けるのがすごく難しいという状況にもなっているということです」

──具体的にはどういうことが起きているのでしょうか?

「たとえば、生物を食べて食中毒になるという話と、生肉からトキソプラズマに感染するという話が、ごちゃまぜになっていたりします。『生魚を食べたから不安です』とか、そういう相談が来たり、どこで間違ったのか、『鳩の糞から感染するんですよね』という問い合わせがあったり。また、母体がかかったからといって、胎児にまで必ずかかるわけではなく、むしろ母子感染しないことのほうが多いのですが、お母さん自体の血液検査が陽性だから、『絶対に子どもにも伝染る』と思いこんで、誰からのアドバイスを受けないまま、中絶をしてしまうとか、そういう方もいらっしゃいます」

──啓発の仕方も気をつけないといけない、と。

「そうですね、そういった意味では、啓発の仕方も慎重にならないといけないと感じています。ですから、私たちは特段の感情を挟まずに、事実だけをきちんと知らせるようにしています。一方で、恐怖をあおるように、情報を書いているサイトは少なくなく、そうすると怖さが先行し、そういう悲しい結末を生んでしまっているところがあります。このあたりは、メディアに関わるみなさんの力によって、変えていくことができるのではないかと思っています(※)」

──最後に、渡邊さんの思いを教えてください。

「トーチの会という名前にも込めた思いなのですが、自分たちの経験が誰かのプラスに、希望の光になればいいなと思っています。TORCH(トーチ)とは、英語でたいまつや光という意味です。

私の子どもは、母子感染をして病気になり、その悲しい事実というのは何をしても変わりません。でも、その経験自体を、ただ悲しい出来事ということに終わらせたくないという気持ちがあります。

──自分は悲しい思いをしたけれど、この経験があったからこそ、ほかの人に情報を提供出来たのだと前向きに捉えられるようになれば良いということなのでしょうか。

「はい。それは私だけでなく、ほかの患者さんたちやそのご家族についても同じだと思います。自分の経験が、誰かのプラスになれば、少し救いとなる。ただの悲しい経験でなくて、意味のあるものに昇華できる。そういう思いで活動しています。

もちろん、自分の子どもの説明をするときに、奇異な目で見られないようにするという意味合いもあります。『その病気は知っているよ』ってみんなに思ってもらえれば、無用な差別や偏見も減らすことができますので」

──では、今後の取り組みについては、引き続きこれまでの活動をしていくということでしょうか?

「はい。これまでと同じように、社会全体にこの病気について啓発を行っていき、出生時に起き得るトラブルの軽減や、障害を持つ子どもを持つ家庭が無知による偏見で入園拒否などをされて苦しむことのないように活動をしていきたいと考えています。

実は、クラウドファンディングで資金を集め、2017年2月にリサ・ソーンダースさんが書いた『エリザベスと奇跡の犬ライリー』(サウザンブックス社/ナカイサヤカ訳)という本を出版しました。ただ、同書はページ数が多く、読むのに時間がかかってしまうところがあったので、もう少し手に取りやすい絵本版での出版も考えています」

──貴重なお話をありがとうございました!