今回は不妊治療で、治療する機会の多い多嚢胞性卵巣症候群についてお話しましょう。
皆さんの中にはこの病気でなかなか妊娠に至ってない方がおられるのではないでしょうか。
多嚢胞性卵巣症候群は、卵胞が発育するのに時間がかかってなかなか排卵しない疾患です。
最近、この病気も増加傾向にあります。はっきりとした原因はわかりませんが、外国では太った方に比較的多くみられるので、体重の影響もあると思われます。
しかし、日本ではやせた方でもこの病気なっている方もいますので、体重だけが要因では無いようです。今回はこの病気について、みなさんに知識を深めていただくとともに、治療に関しても、私見ですが、自分たちでも心がけてみてもよい方法についてお話ししようと思います。
多嚢胞性卵巣症候群の特徴
さて、上の画像1を見てもわかるように、この病気の特徴的な所見は超音波断層装置で卵巣を観察すると、卵巣にたくさんの小さな卵胞(卵子を含んでいる袋)があることです。
ですので、卵巣に残された卵子の数を推定できるAMH(アンチミューラリアンホルモン)の値は高値となります。
卵巣にたくさん卵があることはよいことではあるのですが、この小さな卵胞は排卵するぐらいのサイズまで発育することが少なく、排卵しないことがよくあります。
この結果、月経周期は不順となります。全く排卵しない場合や、長い期間をかけて排卵することもあります。このようになると妊娠するチャンスが妨げられることになり、不妊の原因になります。
その他にこの病気の特徴としては、黄体化ホルモン(LH)やテストステロン値も高くなります。このため、多毛や男性化兆候が顕著な方もいますが、西洋人に比較すると日本人は男性化兆候の症状はそれほど強くは現れないと言われています。
多嚢胞性卵巣症候群の治療法
この病気に対する治療法としては、妊娠を考えない方では、排卵誘発は行う必要はないのですが、時々、子宮内膜癌が見つかるので、定期検診を受けることが大切になります。
一方、妊娠を希望する人にとっては、この病気は排卵しにくいので、排卵させるためにいろいろな治療法が考えられています。
一番多く用いられるのが、薬による排卵刺激法です。
薬も、簡単な飲み薬から、注射を用いる治療まであります。ただ、もともとたくさんの小さな卵胞が準備されているので、強い卵胞発育刺激を行うと、一度に多くの卵胞が発育することになり、卵巣過剰症候群や多胎妊娠など患者さんにとって負担の大きい状態になるため、投薬する薬の量に関しては、とても注意を払います。
注意を払っていても、なかなかうまく調節できないこともあり、治療に悩む疾患の一つです。
薬の量が少ないと卵胞は発育せず、少し薬の量を増やすとたくさんの卵胞が発育してしまい、ちょうどよい卵胞数1~2個を発育させるように調節するのはなかなか大変です。
投薬以外の方法では、腹腔鏡下手術で卵巣の表面に穴をあけ、排卵しやすくする方法や、いっそう体外受精を選択し、たくさん卵子を採取し、胚を凍結保存し、後の月経周期に、1個ずつ胚を融解し胚移植をする方法を選択する場合もあります。
どの方法にもメリット、デメリットがあるので、ご自分の状況と合わせてどの方法を選択するのか、考えていくことが大切になります。
患者本人でも頑張れることとは?
このように書いてくると、多嚢胞性卵巣症候群の治療に関しては、すべて医者任せの方法で、患者さんご自身が自分で頑張ることができる余地が何も無いように思われるかもしれません。
確かにこの治療の王道はそうだと私も思うのですが、多嚢胞性卵巣症候群の病態を考えてみると、患者本人でも頑張れるところがあると私は考えています。
ここからはちょっと難しい話になるので、難しいと感じた方はこの段落を読み飛ばしても構いません。
最近、この病気には血中インスリン値が高い人が多いといわれるようになりました。インスリンといえば、糖の代謝に必要なホルモンであり、食事の時に血中で上昇する糖(グルコース)を調節する作用を持っていることはご存じだと思います。
インスリンは脂肪組織や骨格筋に作用し、血中のグルコースを取り込ませることによって血糖値を下げる重要な役割を持っています。このインスリンが卵胞の発育にも関わるホルモンであることが最近わかってきました。
高インスリン血症は卵胞の周りの細胞(莢(きょう)膜(まく)細胞)を刺激して男性ホルモン(アンドロゲン)を産生し、エストロゲンに変換された後に、脳の下垂体からのLH(黄体形成ホルモン)分泌を促進します。
また、高インスリン血症は小さい卵胞の顆粒膜細胞を直接刺激してLH(黄体形成ホルモン)に対する感受性を増加させることにより、顆粒膜細胞の正常な発育を逸脱させ、小さな卵胞の状態で発育を停止させます。
これが多嚢胞性卵巣症候群で卵胞が発育しにくい一つの原因だと言われています。
多嚢胞性卵巣症候群の病態の一つである、高インスリン血症状態を改善することが治療法の一つであり、これに対して、糖尿病の治療に用いるメトホルミンなどの薬を服用することもあります。
ですので、皆さんがご自分で取り組める方法としては、この薬の効果に似たようなことをすればよいと考えられます。
すなわち、このためには2つの方法があると考えています。
一つは、食後の血中の高インスリン値を早くもとに戻すために、運動をして筋肉を増加させることです。
このことにより食後の高血糖状態で分泌されるインスリンが効率よく効くようにして、早く血糖状態を正常化させ、インスリン値も低下させることができます。
もう一つは、間食を控えることです。もちろん、3度の食事はきちんと摂ります。
食事を摂ると血中の糖濃度は上昇します。それに伴い、インスリンも分泌され上昇します。
3度の食事は健康を維持するのに大切でが、間食をとると、間食を摂るごとに血中インスリン濃度が上昇します。
ですので、間食を何回も取ると、血中インスリン値が絶えず高値となり、卵胞の発育に影響する可能性があります。
まとめますと、①運動をして筋肉を増強すること、②間食を止めることの2つです。
健康を維持するためにも
これらは、私の私見ですが、私が治療している方にはお話ししています。どの程度の効果があるかは、たくさんの方の結果を待たなければなりませんが、この2つは、健康増進のためにも良いことですので、積極的に取り組んでくれる方が多いです。
体重に関しては以前のコラムでも書きましたが、運動や食事に注意を払い、適正なBMIが一番妊娠しやすいし、妊娠後の経過もよいと言われています。この妊娠しやすいBMI値にすることには、このインスリンも調節されることにもなるのかもしれません。
皆さんが、健康を維持するように、いろいろ取り組んでいただければ幸いです。
(著者)
齊藤英和
公益財団法人1more Baby応援団 理事
梅ヶ丘産婦人科 ARTセンター長
昭和大学医学部客員教授
近畿大学先端技術総合研究所客員教授
国立成育医療研究センター 臨床研究員
浅田レディースクリニック 顧問
ウイメンズリテラシー協会 理事
専門は生殖医学、不妊治療。日本産婦人科学会・倫理委員会・登録調査小委員会委員長。長年、不妊治療の現場に携わっていく中で、初診される患者の年齢がどんどん上がってくることに危機感を抱き、大学などで加齢による妊娠力の低下や、高齢出産のリスクについての啓発活動を始める。
(著書)
「妊活バイブル」(共著・講談社)
「『産む』と『働く』の教科書」(共著・講談社)