これから出産を考えている方や妊娠中のみなさん、あるいはそのご家族のなかに、無痛分娩に関心があるという人はどれくらいいらっしゃるでしょうか。世の中的には20年、30年前に比べてその認知度は格段に上がってきています。

ある企業が行った経産婦さんへの調査では、無痛分娩を肯定的に捉えている割合が半分を超えていたそうです。しかし、無痛分娩のメリット・デメリットを細部まで、しっかりと把握しているという方は、あまり多くないかもしれません。

そこで本記事では、無痛分娩について詳細かつわかりやすく紹介していこうと思います。

無痛分娩の歴史と変遷

無痛分娩について調べたことがある人にとっては有名な話かもしれませんが、日本の歴史上、最初に無痛分娩を行ったとされているのは、明治期から昭和初期にかけての激動の時代に歌人として活躍した与謝野晶子です。

1916年なので、今から約100年前ですが、薬物の全身投与による無痛分娩を行ったようです。

そもそも無痛分娩の歴史を紐解くと、200年近く前の1800年代半ばに遡ることになります。しかしながら、薬物の全身投与による無痛分娩には数多くのリスクが伴い、実際にたくさんの方が亡くなっていたようです。そのリスクとは、誤嚥(ごえん)性肺炎や窒息などです。

その後、局所麻酔による神経ブロック法が開発されるなどの医療技術の発展のおかげで、1900年代半ば、つまり今から70年ほど前から、リスクのより少ない無痛分娩が本格化していきました。

現在の無痛分娩の主流は、局所麻酔による方法の1つである硬膜外麻酔を用いたもので、1980年代ごろから盛んに行われるようになりました。アメリカ麻酔科学会は1998年に産科麻酔ガイドラインを発表し、2007年と2015年に改訂しています。

ですから、たとえば現在70歳以上の方にとっては、若いころ無痛分娩があまり普及していなかったため、認知度は非常に低いと考えられます。そういう意味では、これから妊娠・出産をされる方が無痛分娩についてご両親に相談される場合、少し注意していただいた方が良いかもしれません。

日本における無痛分娩の割合は約6%

では、わが国ではどれくらいの数の無痛分娩が行われているのか見ていきましょう。

日本の無痛分娩率は徐々に増加しています。帝王切開を含むすべての分娩に占める割合は、2007年の全国調査では2.6%でしたが、2016年には6.1%に増加しており、年間約5万人以上の妊婦さんが無痛分娩を行なっていると概算されています。

硬膜外麻酔による無痛分娩が多いとされるアメリカの場合、2018年のデータでは実施率が73.1%になります。病院・施設が大きいほどその実施率が高くなる傾向があり、地域によるばらつきもありますが、日本に比べると非常に多いといえると思います。

また、日本の場合、無痛分娩が可能な病院が限られているということもいえます。無痛分娩関係学会・団体連絡協議会(JALA)では、日本全国の無痛分娩施設の6〜7割が掲載されていますが、地域ごとの偏りが見られます。
JALA | 無痛分娩関係学会団体連絡協議会 (jalasite.org)

こうした数の違いというのは、分娩システムによるものが大きいといえます。どちらが良い悪いということは別にして、アメリカの分娩システムは安全性を追求した集約型となっており、日本は利便性を重視した分散型となっています。硬膜外麻酔による無痛分娩を安全に行うためには、設備や人材が充実していること重要になるため、分散型の日本は相対的に普及しづらいということです。

無痛分娩のメリットとは?

基本的には、無痛分娩のメリットとデメリットをしっかりと伝えながら、妊婦さん自身と相談して、無痛分娩を選ぶかどうかを決めています。では、無痛分娩のメリットとはなんでしょうか。

みなさんもご存じのように、自然分娩には非常に大きな痛みを伴います。分娩時の痛みは、癌による疼痛と同等、あるいは骨折時の痛みの2倍ともいわれています。この痛みを取ってあげられることが最大のメリットです。痛みによってお腹の赤ちゃんに届く酸素の量が減る可能性があります。特に妊娠高血圧症候群を合併した妊婦さんの場合には、血圧を安定化させることができるため、メリットが大きいといえます。
妊婦さんが心臓や脳などに持病を抱えている場合などは、医学的な理由から硬膜外麻酔による無痛分娩を勧める、ということもあります。

どの程度の痛みが取れるかというと、だいたい80〜90%です。これはどういうことかというと、痛みをすべて取ってしまうと、感覚がなくなるため、いきむことができなくなってしまうからです。痛みの10〜20%を残すことによって、いきむことができ、また、ご自身でお産を実感できるようにもなります。

無痛分娩でも「いま産まれてきている」という実感が持てるというお話をさせていただくと、驚く妊婦さんも少なくありません。

さらに、痛みを取ることによって分娩にともなうストレスが軽くなるため、結果的に体力の消耗が少なくなる傾向があります。これは特に経産婦さんに現れやすいメリットです。「無痛分娩は出産後の回復が早い」という話は、そういった疲労の軽減によるものと考えられます。

最後にもう1つ、お腹のなかの赤ちゃんの状態が急変するなどの緊急時には、硬膜外麻酔だけで帝王切開ができますので、すぐに対処可能となることもメリットとしてあげられます。

無痛分娩のデメリットとは?

一方で、デメリットはなんでしょうか。

まず、麻酔によって陣痛が微弱となることがあります。これを微弱陣痛といいます。先ほど10~20%の痛みを残すことでいきむことができると書きました。陣痛は赤ちゃんを押し出す力ですから、微弱陣痛になると分娩が進行しにくくなるため、陣痛促進剤を使用して陣痛をサポートしてあげる必要があります。

2つ目は、器械分娩率が少し上昇することです。器械分娩とは、産道などでなかなか出てこない赤ちゃんを鉗子や吸引器といった器械で引っ張り出すことで、会陰外傷の重症化や赤ちゃんの皮下出血などが生じることもあります。
また、子宮の下部が早くから緩むので、結果的に回旋異常が起きる可能性が高まります。これは先ほど書いた器械分娩率の増加と関係しています。

いずれに関してもいえることは、自然分娩と比べて手を加えないといけないお産になる可能性が高くなるということです。陣痛促進の仕方や器械分娩のやり方は施設によってまちまちで、なおかつ医師や助産師のテクニックに左右されるところなので、その技術がない状況で行うと危険な面があります。逆に捉えれば、そうした技術や体制が整っている施設で行う無痛分娩であれば、安心といえます。

さらに、これはデメリットといえるかわかりませんが、無痛分娩を考えている妊婦さんに必ず伝えていることがあります。それは、出産による傷の痛みを強く感じやすい点です。分娩時の激烈な痛みを硬膜外麻酔によって10分の1程度に抑えることができるのですが、麻酔中は下半身が動かしにくく、排尿は助産師の介助を必要とします。これを元の状態に戻すために、分娩後はすぐに麻酔を切らなければなりません。
痛みを抑えていようが、赤ちゃんは自然分娩と同じように産道を通っているわけですから、当然ながらそのときにできる傷の痛みに関しては麻酔が切れたら出てきます。分娩時の最も強い痛みに比べたらそれは小さいのですが、無痛分娩だとそんなことはないので、痛みの逆転現象が起こってしまいます。ですから、きちんと事前にお伝えしておかないと、人によっては出産後、「無痛分娩なのに痛いじゃないか。聞いていた話とちがう」と勘違いをしてしまうのです。

出産というのは、無痛分娩であろうと自然分娩であろうと、体に傷を負うという意味では同じです。ある意味それは母親になる通過儀礼のようなもので、この点は理解する必要があります。

硬膜外麻酔が母児に与える影響は?

ここまでのデメリットはどちらかといえば産科的な側面のものですが、一方で硬膜外麻酔を行うことに伴うリスクというものもあります。無痛分娩のリスクといえば、もしかしたら一般的にはこちらをイメージする人も多いかもしれません。

大きく分けると2つあります。1つは「くも膜下誤注入」で、もう1つは「血管内誤注入」です。いずれも重大な事故になりえるものです。

ただこれらは無痛分娩を安全に行うために医療体制が整っている病院・施設であれば、防ぐことのできる類のものです。

たとえば最悪の場合に全脊髄くも膜下麻酔から呼吸停止を起こしてしまうくも膜下誤注入や、心室性不整脈から心停止を起こしてしまう血管内誤注入は、局所麻酔薬を少量ずつ分割して注入するなどの正しい手順を踏むことで防ぐことができます。

参考までに私が院長を務める愛育病院では、過去20年間で2万5千件を超える硬膜外麻酔を実施してきましたが、重篤なトラブルは1件もありません。

麻酔による母体や赤ちゃんへの影響はないのか、という質問をいただくこともあります。基本的には生まれた直後、ならびに生まれてしばらく経ってからの両方において、悪影響はないというのが世界の定説で、そうした研究結果が公開されています。

ただ、硬膜外鎮痛に用いる薬の量が通常よりも多くなると、生まれた直後の赤ちゃんの状態に影響を与えるというデータもありますので、我々医師はそのような影響が出ないように細心の注意を払っています。

加えて、硬膜外鎮痛のために投与した薬と母乳や授乳の関係性についても、ほとんど悪い影響はないと考えられています。

無痛分娩が向いているのはどんな人?

では、硬膜外麻酔による無痛分娩はどういった方に向いているのでしょうか。

先ほども書いたメリット・デメリットをきちんとお伝えしたうえで、希望する方に対して行うというのが基本となります。また、産科的な要因から適応となるケースもあります。

すでに出てきましたが、妊娠高血圧症候群では硬膜外麻酔によって血圧をコントロールしやすくなるので、医学的な適応になります。

また、硬膜外麻酔によってそのまま帝王切開ができるので、双胎(ふたご)分娩の場合もメリットがあります。双胎の1人目を分娩できても、2人目の分娩が難しいケースは帝王切開が必要となることがあるため、スムーズに移行できる無痛分娩を提案します。

TOLAC(既往帝王切開後の経腟分娩)といって、以前の出産は帝王切開でも、今回は通常の分娩がしたいという方の場合、子宮破裂が起こる可能性があるため、かなり厳密に見ていかないとなりません。つまり危ない兆候が見られたら、すぐに帝王切開に切り替えないといけない。これをダブルセットアップといいますが、こういう場合にも無痛分娩はメリットが大きいでしょう。

さらに、ある種の合併症を持っている妊婦さんです。先天性または後天性の心疾患があって心臓に負担をかけたくない場合や、分娩時にいきむことにより脳出血が起こりやすい脳血管疾患のある場合もあてはまります。精神疾患がある場合も、痛みによってパニックになるなどの危険性があります。

こういう人たちは、無痛分娩にすることで、落ち着いて出産することができます。

一方で、硬膜外麻酔による無痛分娩をしてはいけないのは、当然ですが、産婦が拒否している場合です。

加えて、出血傾向のある妊婦さんも禁忌となります。たとえば血小板数が少ない人や、血液凝固障害のある人は、麻酔に使う針を刺すことによって硬膜外血腫という出血の塊ができる可能性があります。最悪の場合、下半身に麻痺が起こることがあります。もしそうなったら、一刻も早く血腫を取り除く処置をしないと、不可逆的な麻痺が残ってしまいます。

あとは感染があるケースもやってはいけません。麻酔する場所が化膿していると、髄膜炎などにつながる可能性があります。

以上を踏まえ、後半では無痛分娩を行う場合の産院の選び方について、紹介したいと思います。