妊娠中に飲む薬にについて悩む方も多いと思います。今回はそのような方々に向けて最近読んだ論文のなかで、とても気になった論文(Alemany S, Eur J Epidemiol. 2021 May 28. doi: 10.1007/s10654-021-00754-4. Online ahead of print. )についてお話ししたいと思います。この論文では、妊娠中にアセトアミノフェンを服用した場合、生まれた子どもに自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)が増えるかどうかを検討しています。

アセトアミノフェンとは?

アセトアミノフェンは皆さんもご存知のように、鎮痛解熱剤として広く用いられており、かつ、妊娠中も安全に服用できると考えられている薬剤です。例えば、高熱が出ているもののインフルエンザにかかっているかどうかが分からない、けれども症状が辛く解熱剤を使用したいという場合には、薬とインフルエンザ脳症との関係を考慮して、アセトアミノフェンが最もよく使用されています。

インフルエンザウイルスに罹患すると、高熱・意識障害・けいれんなど、急速に進行する神経の障害を起こす可能性があり、この障害をインフルエンザ脳症と呼んでいます。インフルエンザ脳症になった患者さんの約30%が死亡し、約25%が後遺症を残すと言われています。

しかし、このインフルエンザ脳症の発症の原因や薬剤との関連性などは、まだまだ研究段階であり、不明なことも多くあります。このような状況でも、アセトアミノフェンを含む解熱剤は安全性が高いと言われています。また、アセトアミノフェンは、解熱以外にも頭痛や歯痛などによく使われる薬剤です。副作用のリスクが少ないため、妊婦以外でも高齢者や乳幼児の発熱の症状に対しても多く用いられています。

妊娠中にアセトアミノフェンを使用する影響について

ここ数年の間に、妊娠中にアセトアミノフェンを服用した母親から出生した子どもに、ASDやADHDが増えるという論文が多数出てきています。今回ご紹介する論文では、出生前後のアセトアミノフェンを服用することによって、将来ASDおよびADHDを発症する可能性に影響を及ぼすかどうかを検討するため、すでに発表されている6つの研究を用いてメタ解析を実施しています。

メタ解析とは、過去に独立して行われた複数の臨床研究のデータを収集・統合し、統計的方法を用いて解析する手法です。医学分野は対象や研究方法が多様であるため、各種のバイアスが入りやすく、また研究の質にばらつきが大きいのが問題です。そのため、このバイアスの影響を極力排除し、評価基準を統一し、客観的・科学的に多数の研究結果を数量的、総括的に評価しようする方法として、このメタ解析がよく用いられています。

この論文では、6件の欧州における出生・小児コホート研究を用いて、母子7万3881組を解析対象としています。その結果、4-12歳で臨床症状を有する小児の割合は、ASDでは0.9-12.9%、またADHDでは1.2-12.2%の範囲で発生していました。
出生前にアセトアミノフェンに曝露した小児は、曝露なしの小児と比べて、出生後の発症確率が、ASDでは19%高く(オッズ比1.19、95%CI 1.07-1.33)、さらにADHD症状では21%高い(同1.21、1.07-1.36)値を示しました。男児、女児との関連では、双方に出生前曝露後により、ASDおよびADHD症状は増えますが、この関連は男児の方がわずかに強い傾向を示しました。一方、出生後(18カ月まで)にアセトアミノフェンに曝露してもASDおよびADHD症状との関連は認められませんでした。

どんな薬にもメリットとデメリットがある

どんな薬剤にも、メリットばかりでなく、多少なりともデメリットがあります。このため、薬剤を使用するときには、そのメリットやデメリットを十分考慮して使用する必要があります。また、薬剤は市場に出て、多くの人に使用された後に初めてわかってくるメリットやデメリットもあります。

アセトアミノフェンは、1877年に発見された薬剤なので、とても長い期間使用されており、欧米においては常用量では妊娠中に安全に使用できる鎮痛薬・総合感冒薬として知られています。過去にも、妊娠中に服用したアセトアミノフェンの副作用として、児の動脈管収縮や、停留睾丸の発症率を上げるという報告、喘息を増加させるという報告もあり問題となっています。

その後の研究で、動脈管収縮や、停留睾丸の発症率を上げる明らかなエビデンスはないとされています。一方、胎児期、あるいは乳幼児期のアセトアミノフェン曝露と小児期の喘息発症の関係は、母体の遺伝子多型との関連が指摘されています。しかし、この問題についてはいまだ明確なコンセンサスが得られている状況ではありません。

アセトアミノフェンは明らかに必要な時だけ使用することが大切

今回の論文では、妊娠中のアセトアミノフェン服用は出生児のASDやADHDの発症率を上昇されるものの、今もなお妊娠全期にわたってリスクベネフィットが最も優れたバランスをもつ解熱鎮痛剤と考えられています。妊娠中の薬剤使用については慎重に対処すべきなのは当然ですが、アセトアミノフェン使用は禁忌とまでは言えないと結論しています。

アセトアミノフェンは一般の人でも薬局で簡単に購入することができる解熱鎮痛剤、総合感冒薬にも含有されています。このことからも、皆さんは薬局で医師の処方箋なしに購入できるからといって安易に使用するのではなく、妊娠中は明らかに必要な時だけに使用するようにこころがけることが大切ですね。

(著者)
齊藤英和

公益財団法人1more Baby応援団 理事
梅ヶ丘産婦人科 ARTセンター長
昭和大学医学部客員教授
近畿大学先端技術総合研究所客員教授
国立成育医療研究センター 臨床研究員
浅田レディースクリニック 顧問
ウイメンズリテラシー協会 理事

専門は生殖医学、不妊治療。日本産婦人科学会・倫理委員会・登録調査小委員会委員長。長年、不妊治療の現場に携わっていく中で、初診される患者の年齢がどんどん上がってくることに危機感を抱き、大学などで加齢による妊娠力の低下や、高齢出産のリスクについての啓発活動を始める。

(著書)
「妊活バイブル」(共著・講談社)
「『産む』と『働く』の教科書」(共著・講談社)

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