今年も、本コラムを読んでいただきありがとうございました。今回は2021年の締めくくりとして、なぜ、不妊症の人や、不妊治療に関心を持つ人が増えてきたのかについて、社会状況を踏まえて考察したいと思います。そして、この状況を少しでも良い方向に改善するための政策についても、2021年11月26日に出版された本「人口戦略法案」の内容を引用してお話ししましょう。

この本の著者である山崎史郎さんは、厚生省(現在の厚生労働省)に入省後、厚生省高齢者介護対策本部次長、内閣府政策統括官、内閣総理大臣秘書官、厚労省社会・援護局長、内閣官房地方創生総括官を歴任され、2018年7月から今年11月まで駐リトアニア特命全権大使の職を務められていた方です。ご存知の方も多いと思いますが、日本の介護保険の立案から施行までの全行程で尽力された方で、いわば介護保険の生みの親と言っても過言ではありません。また、私は2013年に行われた内閣府の少子化対策会議である「少子化危機突破タスクフォース」会議の際にご一緒させていただき、それ以後いろいろな観点から、少子化対策、不妊治療について著者と共に考えてきました。

高齢化する第一子の出産平均年齢

最近、多くの方が不妊で悩まれていますが、この主な原因は皆さんが妊娠を考える時期が高齢化したことによります。1975年では女性の第一子出産の平均年齢は25.7歳で、女性にとって一番、妊娠出産が容易で安全な時期でした。それが2019年の第一子出産平均年齢は30.7歳と5歳も高齢化しました。たった5歳の差ですが、妊娠する能力には大きな影響を及ぼし、30歳になると25歳の時よりも妊孕力が低下します。

すなわち、30歳では妊孕力が低下した状態から妊娠を試みることになってしまうため、不妊になる人がどうしても増加してしまいます。1975年ごろまでは、以前からの風習にならい、家の仕事(家事、保育、育児など)と外での仕事は分業されていることが多く、家庭の仕事は女性が行い、外の職場での仕事は男性が担うことが当然のように考えられてきました。そのため、女性は希望すればいつでも妊娠出産が可能であり、このような状況のため1975年までは、女性の年齢別出産割合のピークは、女性の本来の妊孕能を反映して23~25歳ぐらいにありました。

高齢出産が進んだ要因

では、なぜこの45年間に5歳も遅く生むようになったのでしょうか?その主な原因は2つあります。一つは多くの方が妊娠適齢期、すなわち妊娠出産が容易で安全な時期を知らないこと、もう一つは1985年の男女雇用機会均等法の成立だと考えられます。男女雇用機会均等法により、多くの女性が結婚出産後も仕事を続けるようになりましたが、その一方で、家庭の仕事は依然として、主に女性が担当することが多く、家庭の仕事に関しては男女平等がなかなか進みませんでした。このため、女性は職場での仕事ばかりでなく家庭での仕事も両立しなければならなくなり、仕事量が増加したため、かつ妊娠適齢期の知識が不足していたために、先ずは職場での仕事に習熟し、その後余裕が出てから家庭を持つことを考えるようになったことも大きな一因です。

まだまだ不十分な仕事と家事・育児の両立支援

1985年の男女雇用機会均等法以後、数回の改正がされるとともに、育児・介護休業法、パートタイム労働法、次世代育成支援対策推進法や女性活躍推進法が整備され、家庭の仕事と職場での仕事を両立するための支援策が充実してきており、以前よりは状況は改善してきています。この影響なのか、2015年以降は女性の第一子出産平均年齢が30.7歳を継続しており、上昇していません。しかし、依然として女性の「非正規の職員・従業員」比率は高く、また、企業における役職者の割合は上昇傾向にはあるものの10%前後であり、まだまだ十分とは言えない状態にあります。さらに、第一子出産後の継続就業では約6割の女性が離職する状況にあります。これらの指標が改善することは、女性における家庭と仕事の両立支援が改善してきた状況を反映するものであると考えられ、今後の改善が待たれるところです。

今後、取り組むべきこととは?

本の著者である山崎さんは、日本国全体の子育て支援、人口政策、安全保障、社会保障や経済発展の面などから、この本を書かれたのだと思いますが、私がこの本を読んで最も感じたことは、個人の生涯の幸せ、家族形成の面でも、とても大きな影響を及ぼす政策を提言している本だということです。この本は500ページを超え、とてもボリュームがありますが、小説風にも書かれているため読みやすいと思います。不妊治療に関心を待たれている皆さんにも、是非この本を読んでいただければと思います。

現在、不妊症になった方が受診する不妊治療に対して、保険制度が検討されています。しかし、個人が不妊症になって治療で苦しむ以前に、国が適切な政策を行うことによって現在の社会状況を、不妊症の人を生まない社会に変革させることの方がより重要な課題といえます。過去にも多くの政策が試みられていきましたが、残念なことに、今までの政策は十分に効果を発揮しませんでした。これらの過去の経験を検討して、この「人口政略法案」ではいろいろな政策班案を提案しています。

この提案が効果的に実施され、不妊症で苦しむ人が減ることを期待しています。