妊娠が成立するためには精子と卵子が必要です。ある程度知っているとは思いますが、これまで精子について詳しくお話ししていないので、今回は精子について精子形成の初期から卵子と受精するまでの精子の一生についてお話ししましょう。

卵子とは大きく違う、精子が作られる仕組み

成人では、精子は睾丸内にある精細管(せいさいかん)で、精子の元となる細胞である精祖細胞(せいそさいぼう)から作られます。また、精祖細胞の元の細胞は、男性が生まれる前、具体的には精子と卵子が受精後3週末に卵黄嚢壁(らんおうのうへき)に出現します。そして受精後、4週末から5週に将来、睾丸(こうがん)となる原始生殖索(げんしせいしょくさく)に移動します。その場所で、赤ちゃんとして生まれるまでにY染色体の影響を受けて分化し、生殖索(せいしょくさく)を形成します。出生時から思春期まで、生殖索は発育分化を停止していますが、思春期になる少し前から分化を再開し、生殖索に内腔(ないこう)が出現して精細管(せいさいかん)となり、精子形成を開始します。

精細管は蛇行した直径約200μm(マイクロメートル)の細長い管で、周りを取り囲む基底膜(きていまく)のすぐ内側に精祖細胞が存在します。この精祖細胞が分裂を繰り返して、分裂した一部の細胞は成熟分化し、徐々に精子の形に変化して精細管の真ん中の内腔に達します。精子は一日に約3000万個作られます。内腔に達した後は、内腔に沿って精巣上体(せいそうじょうたい)・精管の方に移動しながらさらに成熟します。その後、精管に蓄えられ、射精の時を待っています。卵子は、赤ちゃんとして生まれるまでにすべての卵子がつくられ、出生後は作られませんが、精子は思春期になって作られ始め、何十年のも間、毎日作られる点が、卵子の形成と大きく異なります。

通常の細胞と異なる精子が持つ能力とは?

受精には、膣に射精された精子が子宮頸管(しきゅうけいかん)、子宮、卵管を移動し、卵管の遠位端(えんいたん)である卵管膨大部(らんかんぼうだいぶ)で卵子出会うことが必要です。このように、精子は自ら移動しなければなりませんので、通常の細胞とは異なり、鞭毛(べんもう)をもち、移動する能力を持っています。では、膣に射精された精子は、どのぐらいの時間をかけて受精の場所である卵管膨大部に到達しているのでしょうか?また、射精後どのくらいの時間、卵管膨大部に存在するのでしょうか?この2つの項目は、卵子と受精することに大きく影響する要因であり、昔から研究されてきました。先ずは射精された膣から受精の場所である卵管膨大部へ到達するのに要する時間についての研究をお話ししましょう。

膣に射精後、精子が卵管膨大部に到達する時間

体外受精の成績からもわかるように、排卵後、数時間以内に卵子と精子が受精することよりも、排卵前から排卵後の数時間以内に精子が卵管膨大部に存在することの方が、その後の胚の発育に対して重要となります。Brownら(Am J Obstet Gynecol. 1944, 47;407-411)は、手術で体外に摘出された子宮・卵管をもちいて、子宮頸管に暴露された精子が卵管まで到達する時間を検討しています。その結果、子宮頸管に暴露された精子が受精の場所である卵管膨大部までに到達するのに、約1時間(68~71分)しかかからないとしています。また、Rubensteinら(Fertil Steril 1951, 2:15-19)は、体内で外子宮口(がいしきゅうこう)から卵管までの移動にかかる時間は、30分と発表しています。

この研究では、51人の子宮卵管摘出手術が必要な症例に、手術前30分から最長50時間前に、2億の精子を含む精液を子宮膣部(しきゅうちつぶ)に暴露した後、手術で摘出後、直ちに子宮(子宮底部、子宮頸管)、左右の卵管を検索し、運動精子の有無を検討しています。この結果、25症例の卵管に運動精子が確認できています。さらに、精液を頸管に暴露し、手術後の卵管に運動精子を確認できた症例のうち、精液暴露後の時間が最短の症例は、30分の症例であったと発表しています。また、精液暴露後、1時間後に精子の有無を検索できた6症例のうち、卵管に運動精子を確認できた症例は3例あったそうです。

また、Settlageら(Fertil Steril 1973, 24, 65-661)は、不妊手術を予定している症例に、手術時に精液を外子宮口に暴露し、一定時間後に卵管を鉗子((かんし)*外科手術用具の一つ)にて卵管峡部(らんかんきょうぶ)、卵管膨大部、卵管采(らんかんさい)に分けるように結紮((けっさつ)*血管をしばって血行をとめること))した後に摘出し、卵管各部位に存在する精子数と、一卵管に存在する総精子数を検討しています。その結果、表1、図1が示すように、精液を外子宮口に暴露した5分後には卵管膨大部にも精子が存在しており、一卵管に存在する総精子数も15分以降ほぼプラトー(水平状態)になっています。

Settlageらの研究症例は、前2研究とは異なり、正常妊娠が期待でき、子宮卵管に異常がない症例であること、また、手術前11~14日間の性交を禁止し、毎日、頸管粘液を検査しています。さらに、手術時期は血中エストラジオールピークより36時間以内で施行していることより、この研究を行った時期が、各患者さんの月経周期の排卵直前に時期となっています。この排卵直前の時期は、射精した精子が女性生殖路を最も移動しやすい時期であるため、精液を外子宮口へ暴露した後、5分と短い時間に卵管膨大部に移動できたとものと考えられます。これらの研究結果より、排卵時期では5分、排卵時期以外でも約1時間で、膣内に射精された精子は受精の場所である卵管膨大部に到達すると考えられます。

受精の場である卵管膨大部に精子が存在し続ける時間

卵子との受精に関し、射精後の受精の場である卵管膨大部に精子が存在し続ける時間を検討することも、卵子との受精を考えるために重要です。
Ahlgrenら(Gynecol Invest.1975,6: 206-214)は、子宮卵管造影検査(しきゅうらんかんぞうえいけんさ)で、両側卵管水腫(りょうがわらんかんすいしゅ)の症例22例に、検査目的で、性交後60〜113時間後に卵管に精子が存在するのかを検討しています。開腹検査では、22例中3例に卵管通過性がありましたが、運動精子は、図2のように膣に射精後85時間まで、受精の場所である卵管膨大部やダグラス窩(だぐらすか)に存在していました。

妊活でタイミングをとるのは排卵日の3日前でも可能性がある

この結果により、性交後、日が経つにつれ卵管膨大部の運動精子の数は少なくなりますが、排卵日当日だけにタイミングを取ることを限定せずに、排卵日3日前からタイミングを取っても、卵管膨大部に運動精子が存在することが推測され、その間は、排卵された卵子との受精も可能であると考えられます。

難しい話を長々とお話ししましたが、これから妊娠を考えておられる方に知っておいていただきたいことは、特にこの話の後半部分にある、

○射精された精子は、数分から1時間ぐらいで受精の場所に達していること
○射精から約3日間は、受精の場所に存在するということ

の2点です。このことを知っていると、皆さんがタイミング妊娠を試みる時にお役に立つと思います。