妊娠中の母体の健康状態は胎児の発育や妊娠経過、また、出生した児に大きな影響を及ぼすことが知られています。また、妊娠前の健康をより良い状態にしてから妊娠することによって、妊娠中のトラブルが減少し、胎児の発育もより順調になり、出生後も健康に発育するようになります。このことから、妊娠中の母体の健康のためにも、妊娠する前から健康に気を付けることはとても大切です。特に、近年は出産年齢の高齢化に伴い、年齢に伴う生理的な生殖機能の低下や、種々の病気が妊娠に合併するリスクが増えており、妊娠前から健康により一層注意が必要なります。

性や妊娠に関する正しい知識の普及を図る「プレコンセプションケア」

 国においても、2018年にプレコンセプションケア(妊娠前からのケア)という概念が政策に組み込まれるようになりました。2023年には、閣議おける政策の改訂の中で「男女を問わず、性や妊娠に関する正しい知識の普及を図り、健康管理を促すプレコンセプションケアを推進する」ことが決定されています。さらに、本年5月に、プレコンセプションケアを推進するために、こども家庭庁で検討が行われ、「プレコンセプションケア推進5か年計画」が策定されました。策定された計画書の中で、プレコンセプションケアに関する概念を「プレコンセプションケアは元来、周産期死亡率の低下や新生児予後の改善を目的とした、健康な妊娠・出産を目指す「妊娠前のケア」という概念であったが、現在はそれにとどまらず、生涯にわたり、身体的・精神的・社会的(バイオ・サイコ・ソーシャル)に健康な状態であるための取組として、「性別を問わず、適切な時期に、性や健康に関する正しい知識を持ち、妊娠・出産を含めたライフデザイン(将来設計)や将来の健康を考えて健康管理を行う」概念である。」と定義しました。

このように、いつでも自分自身の健康に留意し、生涯にわたって健康を維持することができる仕組みを構築する政策を推進していくことになりました。私のコラムでも、知っておくと将来、自分や子どもの健康に役に立つ情報を中心に、これまでお話しをしてきています。今回は、母親の妊娠歴、特に妊娠中の異常や合併症が、女子の初潮のタイミングや乳房発達のスピードに顕著な影響を及ぼすかどうかについて検討した研究をご紹介します(Zhang Q, et al. Hum Reprod. 2025 Apr 1;40(4):675-682. doi: 10.1093/humrep/deaf015.PMID: 39954707)。

母親の妊娠歴と女子の成長に関する研究

この研究では、8年間にわたって半年ごとに、4つの小学校から参加者を募集し、1個人あたり平均6.09年(範囲:2~8年)間のデータ収集を行っています。研究対象は1390名の子ども(女子710名、男子680名)、年齢範囲は6.58~19.26歳(女子)および5.81~19.28歳(男子)です。
アンケート調査項目は、性別、生年月日、家族の社会経済的状況(例えば、平均月収や親の教育レベル)などで、参加者の人口統計データをアンケートで収集しています。さらに、母親の初潮年齢、両親の出産時年齢、妊娠中の病歴、分娩方法、出生体重、早期の授乳パターン、および妊娠歴(過去の妊娠状態や経産回数など)についても、参加者の母親から情報を取得しています。

子どもの思春期発達の評価については、女子の乳房発育は、Tannerの発育段階基準を用いて評価し、左右の発達に差がある場合は、より進んだ発達段階を記録しました。男子の外性器発育は、同様の基準であるTannerの発育段階基準に従い評価しています。初潮の有無については、女子自身が報告し、前回の訪問以降の発現状況とおおよその発現時期を調査しています。児の思春期の状態と母親の妊娠歴の関連を、線形回帰モデルで解析しています。

この結果、初産の母親のから生まれた女児は、経産婦の母親から生まれた女児に比較し、初潮年齢が平均0.22年遅くなりました(95% CI: 0.05, 0.38)。また、初産の母親のから生まれた女子の方が、経産婦から生まれた女児よりも乳房発達の速度が有意に速い傾向にありました(0.06; 95% CI: 0.01, 0.11)。特に、母親が妊娠中に異常を経験していた場合、この影響は顕著でした。一方で男子においては、母親の妊娠歴が思春期発達に与える影響は有意な差を認めませんでした。

研究は、サンプルサイズが比較的小さく、一部データ欠損や未成熟な参加者が含まれていた点は考慮しなければなりませんが、研究結果により、母親の妊娠歴、特に異常妊娠の経験は、女子の思春期進行に顕著な影響を及ぼす可能性があることが示されました。以前の研究でも、思春期のタイミングや発達速度が青年期の心理的・行動的健康、さらには成人期の健康や生殖、疾患リスクにも関係することが示されています。思春期早発症は、乳がんや前立腺がん、心血管代謝疾患、心理的・行動的問題と関連していると言われています。一方で、16歳以降の遅発性初潮は、成人期のうつ病リスクを高めることが報告されています。また、思春期の進行速度が速すぎる場合、青年期のうつ症状や肥満、心理的問題と関連があることが示されています。

現在、世界的な傾向として出産年齢の高齢化、出生率の低下、ライフスタイルの変化、医療技術の進歩が進んでおり、若い母親が初産を経験する機会が減少しています。これらのことを考慮すると、適切な妊娠計画を行うことは、親子の健康向上に重要であると考えられます。