妊娠中は、肉体的にも精神的にも安静にすることが大切であるということは、多くのみなさんが聞いたことがあると思います。また、胎教といって、妊娠中の母親が赤ちゃんの健全な発育を促すことを目的に、心や体を整える取り組みがあります。これは母親が音楽を聴いたり、穏やかな気持ちで過ごすことで、胎児の成長や情緒に良い影響を与えるとされています。胎教の具体的な効果については、現在のところ科学的に議論されているところで、個人差もあると思います。

胎教の効果について

一般には、胎教にはいくつかのポジティブな効果があると言われており、
①赤ちゃんの発達を促す:穏やかな音楽や心地よい話しかけは、胎児の聴覚や情緒の発達を助ける可能性
②母体の健康に良い影響:リラックスしたり、ストレスを軽減することで、母親の体調が良くなり、それが赤ちゃんにも良い影響を与える
③親子の絆の形成:妊娠中のやさしい声掛けや音楽は、母親と胎児の間に特別なつながりを生むのに役立つとも言われています。

妊活中や妊娠中に直面する5つのリスク

今回ご紹介する研究は、「母親の脆弱性」と呼ばれる様々な要因が、胎児の妊娠初期の成長や健康にどのように影響するのかを研究しています(Van Zundert SKM, et al. Hum Reprod. 2024 Nov 1;39(11):2423-2433. doi:10.1093/humrep/deae211. PMID: 39298717 )。「脆弱性」というのは、社会的・生活習慣的・医学的なリスク要因から導かれるスコアのことで、妊娠を迎える女性が直面するリスク要因を総合的に評価しており、具体的には、次のような要素が含まれることが多いと言われています。

1.経済的な不安: 収入が不安定だと、ストレスが増えたり、栄養のある食事が難しくなる。
2. 精神的な健康問題: 不安やうつ病など、心理的な困難がある場合は、ホルモンバランスにも影響を及ぼす可能性がある。
3. 社会的孤立: 家族や友人のサポートが不足していると、妊娠中のストレスが増加しやすくなる。
4. 生活習慣: 喫煙やアルコール摂取、運動不足が、母体や胎児の健康に悪影響を与える。
5. 医学的問題: 慢性疾患や過去の妊娠合併症が脆弱性を高める要因となる。
これらのリスクが重なると、母親のストレスホルモン濃度が上がったり、胎児の成長が影響を受ける可能性が高まると言われています。

母体や赤ちゃんの健康向上を目的とした研究の概要と結果について

この研究は、妊娠前や妊娠初期の段階で脆弱性の高い女性を特定し、適切なケアを行うための知見を提供することにあり、これによって、母体や胎児の長期的な健康を向上させることを目的としています。

この研究では、2022年6月から2023年6月にかけて160人の妊婦を対象としたロッテルダム受胎コホートから、妊娠が継続中でストレスバイオマーカーのデータが利用可能な132名の女性が対象となっています。受胎期の社会的、生活習慣的、医学的リスク要因に関するデータは自己管理式アンケートを通じて収集され、これらの要因を使用し、複合的な母親の脆弱性リスクスコアで評価しています。

対象は、妊娠時の平均年齢が33.4歳(SD=4.2、範囲=23.4~44.5)で、BMIは26.8(SD=4.4)kg/m2でした。ほとんどの女性が欧米人(83.3%)で、高学歴(59.1%)、非喫煙者(90.9%)、アルコール(69.7%)や薬物(97.7%)の摂取経験がない人々でした。しかし、半数以上の女性は、果物(63.9%)や野菜(57.1%)の摂取量が不十分でしたが、大多数が妊娠前から葉酸サプリメントを使用し始めていました(85.6%)。半数以上の女性が、体外受精(IVF)または顕微授精(ICSI)によって妊娠しており(56.8%)、初産婦でした(59.8%)。また、母親の脆弱性リスクスコアはほぼ正規分布していました。

ストレスバイオマーカーとして、ストレスホルモン(髪のコルチゾールおよびコルチゾン)、炎症や酸化ストレスバイオマーカー(C反応性タンパク質、総ホモシステイン、トリプトファン代謝物)を妊娠初期に測定しています。 妊娠初期の成長は、妊娠7週、9週、11週で頭臀長(CRL)および胎芽の体積(EV)の測定を人工知能アルゴリズムと仮想現実技術を利用した3D超音波データセットを使用して評価しています。母親の脆弱性リスクスコアとストレスバイオマーカー間の関連性は、線形回帰モデルを使用して検討し、ストレスホルモンとCRLおよびEVの成長曲線間の関連性は混合モデルを使用して検討しています。

母親の脆弱性リスクスコアは、髪のコルチゾールおよびコルチゾン濃度(pg/mg)と正の関連があり (β=0.366, 95% CI=0.010–0.722; β=0.897, 95% CI=0.102–1.691)、トリプトファン濃度(μmol/L)と負の関連があることがわかりました(β = –1.637, 95% CI = –2.693 to –0.582)。C反応性タンパク質および総ホモシステインについては、関連性が見られませんでした。毛髪中のコルチゾールとコルチゾン濃度間には正の相関(r=0.6)が見られました。毛髪中のコルチゾール濃度は、CRL軌跡およびEV軌跡の両方と負の関連がありました。この負の関連は、EV軌跡の場合のみ統計的に有意でした(β=–0.010, 95% CI=–0.017~–0.002)。一方で、毛髪中コルチゾン濃度とCRLまたはEV曲線の間に関連は見られませんでした。また、毛髪中コルチゾール濃度とEV曲線の関係において、トリプトファン代謝物濃度は関係していないことが判明しました。

研究結果から分かった妊娠前からストレスを避ける必要性

この研究結果は、受胎前までに高い脆弱性を持つ女性を可能な限り早期に特定する必要性があることを示しています。また、慢性的なストレス反応や母体のトリプトファン代謝の変化が母親の脆弱性に関与しており、それが妊娠初期の成長に影響を与え、子どもの長期的な健康に影響を及ぼす可能性があることを示唆しています。

このように、母親の脆弱性が高い場合、母体や周産期の健康、さらには将来の人生の健康に悪影響を及ぼすという証拠が増えているため、妊娠前から妊娠期にかけて、ストレスを避けることを心がけることは、とても大切なことです。