日本の食生活は豊かになってきていますが、数十年にわたり日本人にとって常に不足している栄養素の一つにカルシウムがあります。日本人のカルシウム摂取量の推奨量は、1日あたり男性で約750㎎、女性で約650㎎とされています。ところが「国民栄養調査」では常にこの数値に達せず、2018年の調査でも平均摂取量は505mg(男性514mg、女性497mg)にすぎません。若い世代ほど不足傾向にあり、20代の女性に至っては、わずか384 mgです。多くの諸外国では摂取目標量を1,000mg以上に設定しており、日本はかなり深刻なカルシウム不足だといえます。

骨の病気以外にも影響するカルシウム不足

ご存じのように、カルシウムが不足すると、骨折や骨粗しょう症など、骨の病気の原因となることはよく知られています。これは、体に存在するカルシウムの大半が骨に貯蔵されていることによります。しかしそれ以外にも、カルシウム不足は高血圧や動脈硬化や、脳の神経細胞の働きが低下することによる認知症、細胞の免疫力が低下することによる癌化などの原因となっています。このように、カルシウムの働きは骨をつくることだけでなく、各臓器の細胞の代謝にも大切な作用を持っています。

2017年に、5件の研究を用いたメタ分析が行われ、カルシウムを摂取するとうつ病リスクが有意に減少することが報告されました。また、それ以外の系統的レビューでも、幼少期の栄養不良と成人期のうつ症状の間に正の相関があることが、ヒトおよび動物において確認されてきています。これらの研究より、栄養バランスの偏りや特定の栄養素の不足は、うつ症状の発症リスクを高める可能性があると考えられるようになっています。

先月のコラムで取り上げたように、妊活中、妊娠中のストレスが児の発育に影響があることを考慮すると、妊娠中のカルシウム摂取量が胎児の身体的・精神的発達に影響を及ぼす可能性があります。そこで、今回は妊娠中の母親のカルシウム摂取量が、子どものうつ症状の発症リスクと関連しているかどうか?について、妊娠中の母親のカルシウム摂取量と出生後13歳の時点での子どものうつ状態の発症リスクについて研究をしている研究論文についてお話します(Miyake Y, et al. J Psychiatr Res. 2025;187:80-84)。

母親のカルシウム摂取量と子どものうつ状態の発症リスクに関する研究概要

研究対象者の母親とその子どもは、九州沖縄母子健康調査(KOMCHS)の参加者で、この調査は母子の健康問題のリスク要因と予防要因を特定するための進行中の出生前コホート研究です。研究開始時点での対象者は、九州地方の7つの県と沖縄県のいずれかに居住しながら妊娠した女性で、2007年4月から2008年3月の間にリクルートされています。結果として、妊娠5週から39週の妊婦1757名がKOMCHSへの参加に書面で同意し、ベースライン調査を完了しています。
出生時、産後4ヶ月、1歳、2歳、3歳、4歳、5歳、6歳、7歳、8歳、10歳、11歳、12歳、13歳時点で追跡調査が実施されました。ベースライン時点の1757人のうち、878組(49.9%)の母子ペアが15回目(13歳時点)までの調査に参加しました。さらに、このうち除外されたのは、世帯収入のデータが不足している1組、第4回調査(1歳時点)に参加していない1組、13歳時点のうつ症状のデータが不足している3組です。このため、最終的なサンプルサイズは873組となりました。

また、思春期は精神衛生上きわめて重要な時期であり、この時期に発症するうつ症状の発症リスク因子を前もって特定し、改善することができれば、若年層の精神疾患の増加を抑えられる可能性があります。このような背景から、KOMCHSのデータを活用し、妊娠中の母親のカルシウム摂取量と13歳時うつ症状のリスクとの関連を前向きに検討されています。

 13歳時追跡調査では、子どもがCenter for Epidemiologic Studies Depression Scale(CES-D)の日本語版に回答し、うつ症状の評価を行いました。また、母親の妊娠中の食習慣に関するデータは、自記式食事歴法質問票(DHQ)を用いて収集しています。

妊娠中にカルシウムを摂取することによって子どものうつ症状リスクが低減

873組において、子どもの13歳時うつ症状の有症率は23.3%でありました。最初の調査時の平均妊娠週は17.0週、母親の平均年齢は32.0歳であり、約18%が妊娠中にうつ症状を呈しました。1日のカルシウム摂取量の中央値は482.5mgでした。

 次に、初回調査時の母親の年齢、妊娠週数、両親の教育歴などで補正した多重ロジスティック回帰分析により、妊娠中の母親のカルシウム摂取量別にみた、13歳時の子どものうつ症状に対するオッズ比(OR)を算出しました。その結果、妊娠中の母親のカルシウム摂取量の第1分位(最低摂取量)を基準として比較した場合、第2、第3、第4分位における子どものうつ症状の補正OR(95%信頼区間)は0.63(0.39~0.99)、0.91(0.58~1.41)、0.58(0.36~0.93)でした(P=0.10〔傾向性P値〕)。

 本研究より、妊娠中の母親のカルシウム摂取量を増やすことで、13歳時の子どもがうつ症状を発症するリスクが低下する可能性が示唆されました。このことより、小児期のうつ症状を予防する可能性のある手段として、妊娠中の母親のカルシウム摂取量の増加させることが考えられます。

カルシウム不足の症状と対策

特に、日本人がカルシウム不足になりやすい理由のひとつに、日本の国土の多くは火山灰でできた土地で、カルシウム含有量がそれほど多くありません。このため、世界的にみても、飲み水や野菜に含まれるカルシウムが少ないので、食生活ではカルシウムを含む食品を意識的に多めにとる必要があります。カルシウムが不足した時の起こりやす自覚症状には、

①まぶたがピクピクとけいれんする。
②運動もしていないのに、足がつる。
③もの忘れをよくする。
④イライラする。

などがあります。

このような症状があったら、カルシウム不足を疑ってみましょう。