現在、日本中で新型コロナウイルス感染症が猛威を振っており、皆さんは今までの生活を抑制し、仕事は家でしたり、外食を避けたり、休日に行楽に行くのも控えているため、かなりのストレスを受けていると思います。
そこで今回は、生殖医療におけるストレスの影響について考えてみたいと思います。

不妊症の人の不安はがん患者の心の負担と同じレベル

不妊症である人は、不妊症と診断されただけで、しばしば人には言えない心の葛藤を持っており、落ち込んでいたり、不安・孤独を覚えたりして、心が乱されることが多いと思います。これらの症状のレベルはちょうど、がん患者が抱える心の負担と同じぐらいのレベルと考えられています。

日本においては、約7組に1組のカップルが妊娠することに障害を抱えておりますが、彼らの悩みを、家族や友人と話し分かち合うことは少なく、このことがさらに、精神的にダメージを受けやすい状態にさせています。

さらに、自然に妊娠できないことを恥ずかしく思ったり、罪の意識を感じたり、また自己肯定感が持てなくなっており、これらの感情により不妊患者は抑うつ状態になったり,さらに不安感、苦痛を感じることで、日常の生活の質(quality of life )を低下させています。

特に体外受精などの高度生殖補助医療を受けている方は、精神的な心の不調を経験するリスクが高いため、これらの治療を受けている方は、医療者から適切な精神的なサポートも受けることを考慮しておくことも大切になります。

最近のある調査でも、不妊症のカップルのどちらも、心の落ち込みや不安を感じる人は、半数以上いたと報告されています。
また、このように心の落ち込みや不安を感じる人が治療を受けると、さらに不安が増し、特に、2回の治療を行っても妊娠に至らない場合は、心の落ち込みはさらにひどくなり、その後の治療は中断されることが多いと言われています。

心の落ち込みや不安は不妊治療に影響する?

治療前、または治療中のこのような心の落ち込みや不安は不妊治療にどのような影響を与えるのでしょうか?
実は、心の落ち込みや不安は不妊治療に影響を与えるという論文、また影響を与えないという論文、どちらもあります。

しかし、最近この結果の違いは、心の落ち込みや不安を正確に評価ができているかの差によるものであることが判明しました。すなわち、落ち込みや不安を正確に評価した研究では、落ち込みや不安は不妊治療の成績に影響することがわかりました。

流産率を下げるPGT-Aの欠点について

何とか妊娠しても、ある一定の確率(約17%前後)で流産します。この「妊娠喪失」も落ち込みや不安を患者に引き起こします。最近、体外受精などの生殖補助医療では、PGT-Aといって、胚盤胞の一部の細胞を採取して、胚の染色体検査を行い、染色体が正常な胚だけを移植して流産率を下げる方法が広まっています。

確かにこの方法は胚移植当たりの流産率を下げるのですが、これにも欠点があります。それは、
①通常の体外受精だけでも費用がかかるのに、このPGT-Aにも高い費用がかかること②胚の検査をしても、一個も胚移植に適した正常胚がないことが起こりうることです。

一個も正常胚がない確率は、患者の年齢が高くなるほど高くなります。ですので、PGT-Aに経費をかけても一個も正常胚がないと、患者は計り知れない落ち込みや不安を感じます。
さらに、正常な胚があっても、この検査には時間がかかるので、検査を行っている胚は一度凍結保存し、一か月以後に融解し胚移植をすることになりますので、胚移植して妊娠の有無を検査するところまでの日程を考慮すると、この方法は日時が長くかかることも欠点といえます。

*写真はイメージであり、本文の登場人物とは関係ありません。

不妊患者に対する精神的ケアの重要性

体外受精などの生殖補助医療では、簡単に妊娠される方もいますが、何回治療しても妊娠に至らない方も多くいます。

このように治療が何回もかかる方では、治療後の妊娠判定が陰性であると、かなり落ち込みます。
また、これが何回も繰り替えされると妊娠判定ごとに落ち込み、その精神的負担はかなりのものになり絶望感や不安感を覚える方が多く見受けられます。

また、繰り返される体外受精の失敗の原因があいまいであり、すなわち原因不明であることのために患者は強迫観念に取りつかれ、生活改善に気を配ることがよくあります。

確かに、生活改善、例えば運動、食事、カフェイン摂取、睡眠などは妊娠のために一定の効果があります。しかし、これらの生活改善で100%不妊原因が除去されるわけではありません。
このような不妊患者に対し精神的な介入(ケア)を行う研究が数多くなされ、概ね、ケアは患者に好影響を与え、患者の精神的障害を低下させ、妊娠率を高め、夫婦の満足度を高めていると報告されています。

しかし、一方で、これらの論文を集めてさらに検討した論文では、これらの精神的な介入(ケア)は効果があるとする論文には、方法論や実際の集めたデータには問題があり、さらなる研究が必要であると指摘しています(この研究に興味を持たれた方は、J Assist Reprod Genet (2016)33:689-701 を読んでください)。
また、不妊患者に対し精神的な介入(ケア)を行う研究に興味を持たれたかたは、Mind/Body Program for Fertility で検索されると多くの情報が得られます。
精神的な介入(ケア)を行う研究をまとめた論文としてはいろいろありますが、一つあげておくとDialogues Clin Neurosci. 2018 Mar;20(1):41-47. Review.があります。

精神的な介入に関してはまだまだ研究の余地はありますが、通常の生活をしているときにも心の落ち込みや不安は、いろいろな方法で対処しておいたほうがよいので、上記に述べた方法が自分に合うのであれば、行ってもよいと思います。
また、不妊治療を受けている方は、ただでさえストレスを抱えているのですから、新型コロナウイルが猛威を振るう現状においては、自分なりの心のケアに十分気を付けてください。

(著者)
齊藤英和

公益財団法人1more Baby応援団 理事
梅ヶ丘産婦人科 ARTセンター長
昭和大学医学部客員教授
近畿大学先端技術総合研究所客員教授
国立成育医療研究センター 臨床研究員
浅田レディースクリニック 顧問
ウイメンズリテラシー協会 理事

専門は生殖医学、不妊治療。日本産婦人科学会・倫理委員会・登録調査小委員会委員長。長年、不妊治療の現場に携わっていく中で、初診される患者の年齢がどんどん上がってくることに危機感を抱き、大学などで加齢による妊娠力の低下や、高齢出産のリスクについての啓発活動を始める。

(著書)
「妊活バイブル」(共著・講談社)
「『産む』と『働く』の教科書」(共著・講談社)

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