体外受精や顕微授精の過程で行うのが採卵手術。
これは、排卵の直前に卵巣から卵子を取り出す手術で、細い針で卵巣を刺すことによって卵胞液を吸引し、その中にある卵子を採取します。
細いとはいえ針で卵巣を刺すことから、痛みや出血、術後について不安を感じているという声をよく耳にします。

そこで今回、採卵手術を詳しく知るため、不妊治療の専門病院「浅田レディース品川クリニック」、東尾理子さんが主催する「妊活研究会」からの協力を得て、初めて採卵手術を行う森下有紀さんに同行取材をさせていただきました。

採卵手術室に潜入取材〜この記事の内容をYoutube動画で見る〜

採卵手術までにやってきた排卵誘発や検査について

採卵手術では、成熟した卵を数多く採ることを目指します。そのため、有紀さんは手術日に向けて約3週間、自己注射などによって排卵を誘発してきました。またその間、卵胞の成長具合やホルモン値を測定するために、これまで5回ほど通院しています。

採卵手術を行う日はあらかじめ決まっているのではなく、卵胞の大きさや女性ホルモンの値などから卵の成熟度合いを見て、医師が決定します。実は、この日を決定するのが、医師の腕の見せ所の一つだそうです。

採卵日の2日前の自己注射

有紀さんは採卵の2日前、排卵を促すホルモンの分泌を促進する薬「リュープロン」を、23時ちょうどに自己注射しました。採卵は卵胞の中を満たしている「卵胞液」を吸うことによって行いますが、卵子は卵胞内にある壁「卵胞壁」に張り付いています。この薬が下垂体に効くことで「LH」というホルモンが分泌され、これが排卵指令となり、卵胞壁に張り付いた卵子が、卵胞液中に浮いている状態になるそうです。

これまで排卵誘発を目的に打ってきた自己注射は時間指定が厳しくなかったのですが、この「リュープロン」は23時が指定時間だったそうです。
また、感染予防の抗生剤、排卵予防の薬、整腸剤などの薬を処方され、服用したそうです。

採卵日の当日までの注意事項と持ち物

当日の主な注意事項と持ち物は、下記の通りでした。

(主な注意事項)
・朝7時から絶食、9時30分からは絶飲食 *有紀さんの来院時間帯は11時30分
・化粧・手のマニキュアはせず、貴金属は外して来院
・コンタクトレンズの方は、院内では眼鏡に変える
・自分で車、自転車を運転して来院しない

(当日の持ち物)
・手術用の着替え(裾口が広く、お尻が隠れる丈の部屋着・ワンピースなど)
・夜用ナプキンを付けたショーツ(ショーツは締め付けないもの)
・飲料水500ミリリットルを2本(ジュース類とスポーツドリンク・水・お茶等)、手軽に糖分が摂れる軽食
・髪を縛るゴム、バスタオル、ハンカチ

手術の準備

採卵日当日、有紀さんは受付を済ませると、更衣室に向かいました。入り口で靴を脱ぎ、スリッパに履き替え、持参した手術用のワンピースに着替えました。そして、同じく持参したバスタオルとナプキンを取り付けたショーツを持ち、休憩室(ベッド)に移動しました。

休憩室には多数のベッドが並んでいますが、それぞれがカーテンで仕切られ、プライバシーは保たれています。有紀さんはトイレを済ませ、スタッフが呼びに来るのを待っています。
この時間を使って、少しだけ有紀さんにインタビューしてみました。

どんな気持ち?手術前のインタビュー

―今、どのようなお気持ちですか?

「そうですね、最終的に何個凍結できるのかは気なります。予想される数は聞いていますが、実際に採れる数が気になります。」

―体調はいかがですか?

「採卵に向けてこれまで排卵を誘発するための注射を打ってきたので、昨日ぐらいからお腹の張りを強く感じるようになって、今朝は起きるときに凄く違和感を感じました。」

―これから採卵頑張ってください。
ありがとございます。でも、どこにも心配はなくて、スタッフの方も万全の態勢ですし、優しいので、大丈夫です。

手術室の様子とスタッフの役割

筆者は、有紀さんより一足先に手術室に入り、有紀さんの入室を待っています。手術室には採卵を担当する医師である浅田先生と、女性スタッフがいます。
また、手術室と窓ごしに繋がった培養室(体外受精や顕微授精などを行う部屋)にもスタッフが待機していていました。
スタッフの方々のお仕事は、以下の通りだそうです。

① 採卵を担当する医師
② 麻酔を行う
③ 患者の頭上で、患者に異変がないかを観察する
④ 医師が針で吸った卵胞液を回収用の試験管(以下、スピッツ)に入れていく
⑤ スピッツに入った卵胞液を、培養室に受け渡す
⑥ スピッツなどを補充する
⑦ 培養室内で検卵をする(培養士)
⑧ 培養室内で検卵する培養士を介助する(培養士)

手術室の中央には手術台があり、その横に超音波診断装置、照明付きのワゴンなどがあります。また、患者の頭上となる場所に麻酔用バッグがぶら下がっていて、医師が座る椅子の横には卵胞液を回収するためのスピッツが複数本用意されています。

いよいよ手術室へ!①入室と採卵手術の準備

しばらくすると、有紀さんが病院スタッフと一緒に入室してきました。手術室内の病院スタッフが皆で丁寧に迎え入れます。

はじめに氏名の確認を行うと、有紀さんは手術台に開脚姿勢で仰向けに寝るよう促されました。

麻酔担当のスタッフが有紀さんの右手に麻酔用の針を刺し、固定用のバンドで腕を手術台にしっかりと固定しました。同時に他のスタッフは、有紀さんが手術中に動くことがないよう左手と両足をバンドで手術台に固定します。

*画像には取材班のスタッフも映っています

その間、別のスタッフは採卵に使用するプローブの準備をしています。まずはプローブに被せるゴムカバーの中にジェルを流し込みます。
ゴムカバーを被せるのは感染防止の観点から、そして、ジェルを流し込むのはプローブとシリコンゴムの間の空気を抜き、音波が通るようにするためです。プローブにゴムカバーを被せると、さらにプローブの持ち手部分をビニールで覆いました。これは、医師の手元を清潔に保つためのものだそうです。最後に、プローブに採卵用の針を取り付けるためのガイドをセットしました。

医師は準備が出来たことを確認すると、「それでははじめますね、麻酔入れていきます。」と麻酔担当スタッフに指示を出すと共に、スタッフ全員に採卵手術を開始することを知らせました。腕から麻酔が施された有紀さんの意識は、一瞬で遠のいていったようでした。
しかし、後で有紀さんに聞いたところ、意識を保つように一生懸命に頑張っていたとのことでしたが、ダメだったようです。(笑)

②膣内の消毒

有紀さんの意識がなくなると、医師は膣を広げて内部を見るための器具であるクスコ(膣鏡)を使って膣口を広げ、ホースから出る水(少量の消毒液を含む)と綿球を使って膣内の洗浄を始めました。さらに、500mlの容器に入った生理食塩水をジャバジャバと大量に膣口から流し込み、洗浄していきます。
膣内には多くの菌がいるそうで、洗浄にはボトルを2本(1リットル)使用し、くまなく洗浄しました。

消毒が終わると、医師は医療用のゴム手袋を両手にはめました。
そして、出血した血が有紀さんにつかないよう、膣口部分に小さな穴の空いた青色のカバーで足の先までしっかりと覆いました。

③採卵の様子

医師がプローブを膣口から挿入すると、モニターに卵巣内の様子が映し出されました。
とても大きくなった卵胞が、いくつも確認できます。医師が「左からいきます。」とスタッフの1人に告げると、そのスタッフが培養室を含めた全てのスタッフに聞こえるように復唱しました。
ちなみに、左右の卵巣のどちらから採卵針を刺すのかは、医師が超音波で卵巣の形状を確認し、一番奥に近い方の卵巣を見極めた上で決定するそうです。

そして、医師はプローブに取り付けたガイドに採卵針を這わせるようして、丁寧に膣内に入れていきます。ガイドに採卵針を入れることによって、プローブと採卵針が一体化し、同じ動きをしています。

*医師の額にあるカメラは取材協力によるものです

採卵針を入れると同時に、心電図の電子音が手術室内に響き始めました。心電図によって、麻酔中に不整脈や虚血性変化が起きた時に見つけることができるそうです。

モニターに映る卵巣内の映像から、卵巣内に入った採卵針が確認できます。医師はモニターの映像をじっくり観察しています。そして、一つの卵胞に針を向け、卵胞壁を針が突き破るまで複数回、刺しています。卵胞は卵胞液で満たされているため、その弾力によって針を押し戻しています。この針を刺す力加減が、非常に難しいそうです。

採卵針の動きがわかる手術中のモニター画面はこちら!

また、卵胞は大きいものでは2mm程度と非常に小さいため、それを狙っている医師の手の動きはとても細かく、その動きをはっきりと確認するのは難しいものの、モニター画面に映る採卵針は、一つひとつの卵胞に向けてしっかりと動いています。この間の医師の目線は患者ではなく、常にモニターを向いています。

*医師の額にあるカメラは取材協力によるものです

採卵針が卵胞壁を突き破りました。モニターに映る卵胞がみるみる小さくなり、やがて卵胞液が抜けて皮だけになったことが確認できます。
すると、採卵針に接続された管から、卵胞液を回収するためのスピッツに半透明な黄色の液体がポタポタと流れ込んできました。
卵胞液は、本来は黄色のきれいな透き通った液体ですが、手術が進むにつれて出血が混じって赤みを帯びてきます。

スピッツが卵胞液で満たされる前に、スタッフは空のスピッツを用意しました。そして、卵胞液が流れ込んでいるスピッツと並べるように持ち、素早く交換します。この間も医師は卵胞液を吸い続けていますので、スピッツの交換にはスピードが求められるようです。
ちなみに、スピッツは1つの卵胞に対し1本のスピッツを使用するのではなく、1本のスピッツが卵胞液で満たされるまで使用するそうです。よって、1本のスピッツに複数の卵子が入っていることもあるそうです。

卵胞液で満たされたスピッツは、培養室への受け渡しを担当するスタッフが持つトレーに乗せられ、培養室の窓口である「Pass box」へ急いで運ばれました。
「左からです。」と、培養室へ改めて告げられます。

採卵中に培養室で行われていること

培養室となる「Passbox」の向こうには、2名のスタッフがいます。
2名ともに培養士であり、1名は卵胞液の中から卵子を見つけ出す「検卵」を行い(以下、検卵スタッフ)、もう1人は検卵を効率よく進めるための介助スタッフ(以下、介助スタッフ)です。2名体制によって検卵の効率化を図り、手術時間を短くして患者の身体的負担を軽減するそうです。

介助スタッフは、分注といって採卵室から運ばれたスピッツの中の卵胞液を、シャーレに素早く移し換えます。この時、大切な卵子がスピッツ内に残らないよう、シャーレ上でスピッツを何度も上下に降っています。そして、シャーレに蓋をすると、検卵スタッフへ引き継ぎました。

検卵スタッフは、口に「ピペット」と呼ばれる細いストローのようなものを咥えています。シャーレをゆっくりと円を描くように廻しながら、時にはピペットで卵子を吸い吐きしながら、卵胞液を顕微鏡で確認しています。卵胞液の中の卵子は、顕微鏡で見るとすぐに卵子が確認出来る場合と、ピペットで吸い吐きして確認出来る場合があるそうです。

見つかった卵子は、「dish」と呼ばれる別の器に移され、そこに入った培養液で洗浄されます。卵胞液は、不純な細胞や採卵時に出血した血液を含んでおり、それらは卵子に悪影響を及ぼすそうです。

採卵手術後の処置

医師は、モニターをじっくりと見つめながら、卵胞を探してひとつひとつ卵胞液を吸っています。この間、有紀さんの様子は、前述した「患者の様子を確認するためのスタッフ」が常に監視しています。
針を刺す回数が増えるにつれて、スピッツに入る卵胞液に混じる血の量が少しずつ増えたようで、少し赤みが濃くなってきたようです。
何本のスピッツが培養室に運ばれたのでしょうか、採卵手術開始から約40分、医師が針とプローブを引き抜き、採卵が終了しました。

医師は有紀さんの足に掛けた青色のカバーを外し、クスコを用意して膣口にあて、水と綿球を使って洗浄をはじめました。医師から有紀さんへ「採卵が終わって、今は出血を確認していますからね」と声がかけられました。もう麻酔から目を覚ましているのでしょうか、しかし有紀さんに反応は見られません。

消毒が終わり、採卵手術の一連の工程が終了しました。
医師は、スタッフにいくつか指示をすると、手術室を後にしました。
有紀さんは体を拭いてもらった後、横になった状態で手術台からストレッチャーに移され、休憩室へと運ばれていきました。
後で確認したところ、有紀さんは採卵後の消毒中に医師が話し掛けた時には目が醒めていたそうです。

終了後のインタビュー

― 採卵終わってご気分をお聞かせください。

何事もなく安全に素早く終わったので安心してます。体調も今は問題ありません。

― 痛みはどうでしたか?

採卵中は麻酔のお陰で痛みは全く感じませんでした。採卵が終わって休養室に運ばれた直後は生理痛ぐらいの痛みがありましたが、2〜30分ほど経ったら痛みは無くなりました。ただ生理痛と違うのは、卵巣を針で刺したので、なんとなく左右のお腹が痛い感覚がしました。

― 今、何か感じていることがあれば教えてください。

採卵が終わって、いまは個数のことしか気にならないですね。(笑)

採卵手術の後、有紀さんは診察室で医師から採卵の結果を聞きました。
有紀さんの左右の卵巣から、19個(2個の未成熟卵を含む)の卵が採れたそうです。30代中盤である有紀さんの年齢を考えると、少し多いそうです。最後に体調確認が行われ、診察室を後にしました。

帰宅後は、安静にすること、浴槽にはつからずシャワーにすること、そして万が一多量の出血や激しい腹痛、発熱などの症状があった場合は、すぐに連絡するようにとのことでした。

今回は有紀さんの協力によって、不妊治療を行っている多くの方が不安を感じている採卵手術の全ての工程を取材することができました。病院によっては麻酔を使用しないなど、採卵手術の方法や医師の考え方は病院によってそれぞれのようです。不妊治療の痛みやストレスを少しでも軽減するためにも、治療方針だけではなく、どのような手術を行うのか、医師の方針はどうなのかなど、事前に確認しておく必要があるのではなかと、筆者は感じました。

使用した主な道具

(採卵針1)

(採卵針2)

(クスコ)

【今後に追加予定の記事について】
・ラボに潜入。卵子凍結の現場を取材
・【密着取材・体験談】初診から採卵手術の現場まで、全行程を取材してみた

(撮影協力・記事監修)
浅田義正 先生
浅田レディースクリニック院長
医学博士
日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医
日本生殖医学会認定生殖医療専門医

1954年愛知県生まれ。名古屋大学医学部卒。同大医学部産婦人科助手などを経て米国で顕微授精の研究に携わり、1995年、名古屋大学医学部附属病院分院にて精巣精子を用いたICSI(卵細胞質内精子注入法)による日本初の妊娠例を報告する。2004年に勝川で開院、2010年には浅田レディース名古屋駅前クリニックを、そして2018年 浅田レディース品川クリニックを開院。

主な著書
『実践 浅田式標準不妊治療学』(協和企画刊)
『不妊治療を考えたら読む本-科学でわかる「妊娠への近道」』(講談社ブルーバックス刊)
『よくわかるAMHハンドブック-女性を診るすべての医師へ』(協和企画刊)

(撮影協力)
妊活研究会
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