最近、コロナ感染者の数が減ってきました。飲み会なども安心して企画できるようになってきたと思いますが、少なくなったとはいえ、感染者が発生しているので引き続き気を付けてください。新型コロナウイルス感染は肺炎などを引き起こし、重篤になる人が多くいました。妊娠出産に関しても、妊婦さんがワクチンを接種した方が良いかなどの問題もあり、様々な場面で生殖医療にも影響がありました。

現在、ワクチン接種に関しては、妊活を行う時でも、妊娠している場合でも接種してよいと考えられるようになりました。私も不妊治療を行う中で、新型コロナウイルスに感染した患者さんと関わってきましたが、今回は男性が新型コロナウイルスに感染すると妊孕性、すなわち妊娠する能力に影響するのか?について、私の診療経験と学術雑誌に掲載された研究論文から、お話ししましょう。

新型コロナウイルス感染後の精液所見について

私が診ている患者さんの中には、何回かタイミング療法を行っても妊娠しない方に、次のステップとして人工授精を行うケースがあります。初診時の精液検査では精液所見が問題なく、また、その後に何回かタイミングを取ったときのフーナーテスト(性交後に子宮頸管に精子が存在し運動してるかを調べる検査)でも精子の所見に問題ない人が、次のステップとして人工授精を行おうとした当日に精液所見がとても悪く、人工授精をキャンセルすることが何回かありました。その時に本人に尋ねると、約1~2か月前に新型コロナウイルスに罹患したとのことでした。すなわち、新型コロナウイルスに罹患し、回復した後でも精液所見は悪く、その状態が長く続く可能性があるのです。

新型コロナウイルスが流行する以前でも、インフルエンザに罹患し、高熱が何日か続いたケースでは、精液所見が悪くなっていたことがありました。この原因の一つは、インフルエンザの高熱によるダメージで精液所見が一時的に悪くなったと解釈できます。ただ、原因はそれだけでなく、インフルエンザウイルスが睾丸炎をおこし、直接精子を形成する細胞にダメージを与えている可能性もありました。

新型コロナウイルス感染でも、同様の原因が考えられます。肺・腎臓・心臓の細胞と同様に、精子を造る細胞表面には、ACE2やTMPRSS2といった新型コロナウイルスが細胞に強く接着することができる受容体が発現していることがわかっています。より人命に関わる肺などの方が注目されていますが、妊娠を希望している夫婦にとっては精子を造る細胞への影響も注意しなければなりません。

感染が精子に悪影響を及ぼす期間について

今回ご紹介する論文は、新型コロナウイルスに罹患した方と、健康な方の精液中の「ACE2活性」や「炎症を示す物質(サイトカイン)」、「酸化ストレス」、「細胞死(アポトーシス)に関わる物質」、「精液所見」を、感染時から10日ごとに最大60日間、検討した論文です(Maleki BH et al. Reproduction 2021;161, 319-331)。「サイトカイン」とは主に免疫系細胞から分泌されるタンパク質で、標的細胞表面に存在する特異的受容体を介して極めて微量で生理作用を示し、細胞間の情報伝達を担っており、炎症のマーカーになります。「酸化ストレス」とは、酸化反応により引き起こされる生体にとって有害な作用のことで、活性酸素と抗酸化システム(抗酸化物質)、抗酸化酵素とのバランスとして定義されています。

新型コロナウイルスに罹患した人と健康な人の精液中の物質を比較してみると、罹患してから調査終了までのすべての期間、すなわち60日間のいずれの調査でも、新型コロナウイルスに罹患した人の方が精子形成にダメージを起こす物質が高い濃度で検出されました。また、ダメージを起こす物質の作用を阻止する物質である抗酸化物質は、罹患者で低値を示しました。このため、検査した罹患者の精液所見は、精液量、前進性精子率、正常形態精子率、精子濃度、総精子数の総ての指標は全期間低値を示しました。また、罹患した人の最初の精液サンプルは、罹患が診断されてから平均13日後に採取されています。そのためか、この研究では、すべての精液サンプル中には新型コロナウイルスは検出できませんでした。

精子からも検出される新型コロナウイルス

この結果からすると、基本的には性交行為で感染が伝播することはないと考えられます。しかし、別の新型コロナウイルス感染に関わる多くの研究をまとめて再検討した研究(Corona G, et al. J Endocrinol Invest 2022;45:2207–2219.)では、罹患者の7%(5-11%)の精液サンプル中に新型コロナウイルスが検出されたと報告されています。さらに、新型コロナウイル感染が診断されてから11日以内に採取された精液では、新型コロナウイルスが検出される確率が高くなると報告していますので、今後も感染に気を付けて行くことは大切です。

精液所見の回復時期について

最初の研究では、罹患後60日を経ても、精液所見から見るとまだ妊孕性は回復していないということになります。すなわち、体の他の部分はよくなっていても、精巣では感染による精子を造る機能のダメージは続いているということを意味します。では、どのぐらいの期間ダメージは残るのでしょうか?多くの研究を見ると、正常な状態でも精子が射出するまでに3か月以上かかるので、ダメージを受けた細胞が回復し新しく精子を造り始めてから射出されるまでには3か月以上かかると考えられますが、感染後の長期間の予後に関してはまだまだデータが蓄積していないので、今後も慎重に検討していく必要があるそうです。

このことからも、妊娠・出産を考えているカップルにおいては、今後も新型コロナウイルスに感染しないように心がけていくことは大切だと思います。