みなさん、こんにちは。「丸の内の森レディースクリニック」で院長をしている宋美玄です。私はふだん産婦人科専門医として現場で問診を行いながら、コメンテーターとしてテレビに出演、就学前の2人の子どもの子育て、このブログの運営者である公益財団法人1more Baby応援団を含めたいくつかの団体の活動をするなど、慌ただしい毎日を過ごしています。

そうしたなか、みなさんにぜひ知っていただきたいことがあって、今回、筆を執るに至りました。それは「産後ママ」についてです。

産後ママは神格化されすぎ!?

少し前、とある政治家の方の一人が、「0~3歳の赤ちゃんに、パパとママどっちが好きかと聞けば、はっきりとした統計はありませんけど、どう考えたってママがいいに決まっているんですよ」という発言をしたそうです。前後の文脈からこの言葉の趣旨を汲み取れば、たしかに一定の理解はできます。つまり、「ママたちに負担をかけることなく、いつでもきちんと笑顔で仕事に復帰できる環境をつくっていこう」という意味だと思うからです。

それでも私は、喉に詰まった魚の小骨のように、一定の違和感が拭いきれませんでした。それはなんだろうと考えていたのですが、あるとき「あっ!」と思い当たりました。

「日本の社会において『産後ママ』は神格化されすぎているのではないか」ということです。

次のようなことについて、みなさんどう思いますでしょうか?

『(産後ママは)待望の赤ちゃんを産んで、人生で一番ハッピーなときである』
『赤ちゃんを産むと自動的に頭から『母性』が湧いてくるから、赤ちゃんが泣き続けて眠れなくても、育児を辛いと感じることはない』

「そう思う」や「やそう思う」、「あまりそうは思わない」「そうは思わない」でアンケートを取ったら、「そう思う」「ややそう思う」と答える人が多くを占めるのではないでしょうか。

次は少し専門的な内容になりますが、いかがでしょうか?

『無痛分娩なんてダメ! お産の痛みに耐えてこそ、母親になれる』
『母乳で育てるのが母の愛、当然』
『出産後、ヘルパーさんに家に来てもらいたいというのは“甘え”』

きっと少なくない人が、「そのとおり!」と思ったのではないでしょうか。いずれも、私は産後ママが神格化されすぎているからこそ、このように思われているのだと感じます。

無痛分娩についていえば、「痛いこと」に意味はありません。むしろ産後ママは、産後すぐに育児を始めないといけないので、無痛分娩にするメリットはたくさんあります。母乳育児についていえば、母乳が絶対にいいということはないですし、ママと赤ちゃんのデリケートな事柄に、他人が気軽に口出しするのはNGです。出産後のヘルパーさんの利用を否定するのもどうでしょうか。出産で大きなダメージを受けた体で、家事も育児も全部やるのはすごく負担です。過労はメンタルにも悪影響を与えてしまいます。

産後ママを待ち受ける人生最大級の急激な変化とは!?

産後ママを神格化すると、パパを筆頭にした家族や周囲の人たちの思考停止につながります。つまり、子どもが生まれた家族にとって重要なことの一つは、産後ママを神格化しないことだといえます。

では、実際問題、産後ママに起きているのは、どんなことなのでしょうか? 一言でいえば、「人生最大級の急激な変化」です。具体的には、大きく分けて4つの変化があり、それぞれについてきちんと理解していくことが重要です。

変化その①「体が出産でダメージを受ける」

・長い陣痛に耐えて疲れている

・骨盤底筋が傷つき、尿もれや臓器下垂のリスク大!
(ワンポイント・アドバイス:回復のためには、なるべく横になって、重いものを持ったりしないことが大切です)

・帝王切開での出産は、お腹を切っているので、さらに大きなダメージを受けている

変化その②「ホルモン環境の変化」

・妊娠中に大量に分泌されていた女性ホルモン(エストロゲン)が出産後数時間で“お婆さんレベル”になっている

・母乳を作るホルモン、プロラクチンも急激に減るため、産後すぐに頻回授乳を行わないと母乳がスムーズに出ない

・授乳中は低エストロゲン状態が続き、髪や肌、性器の潤いが低下する
(ワンポイント・アドバイス:性欲、性感ともに低下するので、セックスの再開は体の状態に合わせて行いましょう。「無理をせず」「無理をさせず」が重要です)

変化その③「メンタルの変化」

・産後数日で約10〜30%の確率で、マタニティーブルースが起こる
(ワンポイント・アドバイス:通常、自然に治っていきますが、その後も注意したほうがいいでしょう)

・約10%の確率で、産後数ヵ月までに産後うつが発症する
(ワンポイント・アドバイス:重症になると自殺しようとすることもあるので、産後ママにとって家族はその存在も、役割も大きいでしょう)

・メンタルへの負荷は、「眠れないこと」「タスクが多いこと」「経済的不安やシングルマザーなどの環境・状況」「赤ちゃんの健康上の問題」などでも起きる
(ワンポイント・アドバイス:産後のメンタルは愛着、つまり赤ちゃんを可愛いと思う気持ちに影響します。ママのメンタルを守って、赤ちゃんを可愛いと思える心の余裕を!)

変化その④「環境の変化」

・赤ちゃんが2〜3時間おきに泣いて、連続で眠れない日が続く
(ワンポイント・アドバイス:自分がそういう環境になることを想像してみてください)

・家に閉じこもりきりになり、社会から取り残された気持ちになる

産後ママには、こうしたさまざまな変化が起きます。そしてそのどれもが、ママの負担につながる可能性を秘めています。ですから決して神格化することなく、産後ママに何が起きているのかをきちんと把握し、産後ママのためにパパや家族ができる以下のことをしていきましょう。

産後ママのためにパパや家族ができること

・「甘えているだけ」で片付けず、産後ママに起こっていることをきちんと理解しよう!

・ママでなくてもいい仕事(母乳をあげる以外のこと。たとえばオムツ替え、沐浴、上の子の世話、家事など)はママ以外の人(パパ、その他の家族、ヘルパーなど)がしよう!

・自治体や地域の産後ケアサービス(訪問型、滞在型)をうまく利用しよう。
(産後ママが我慢すれば、お金が節約できるのに……なんて思わないで!)

・パパが育休を取得したり、定時に帰ることを心がけよう!

・生まれたての可愛い赤ちゃんを、ママ一人に育てさせないで、パパもたっぷり一緒にいよう!

最後に・・・

最後までお読みいただきありがとうございます。本稿では、産後のママへのサポートについて触れてきましたが、もうひとつ大事なことをお伝えし忘れていました。
それは、気持ちに余裕のある「出産前」からしっかりと家族で話し合っておくことです。
私自身の経験則でもありますが、出産後はどうしても生活がバタバタして、視野が狭くなりがちですので……。
とにかく、一度は出産前にきちんと話し合うことです。それによって、出産後にみんなで協力し合える雰囲気と、赤ちゃんを可愛いと思える余裕をつくることができます。