『世界一子どもが幸せな国』といわれるオランダ。
これは、ユニセフの『Innocenti Report Card11』によるものです。
私たちは2016年の秋に、その要因を探るために現地を訪れ、政府機関や企業、保育施設から小学校、一般家庭に至るまで訪問し、その柔軟な働き方や夫婦の関係性、子育てなどについてインタビューを行いました。
そして、その結果を『18時に帰る』という一冊の本にまとめました。
コロナ禍である現在、オランダの人たちはどのように日々を過ごしているのか。柔軟な働き方や子育ては、どのように活かされているのか。
私たちはオンラインを使用し、インタビューを実施いたしました。

『18時に帰る 』「世界一子どもが幸せな国」オランダの家族から学ぶ幸せになる働き方

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単行本: 224ページ
出版社: プレジデント社
言語: 日本語
定価:1500円(税別)
発売日:2017年5月30日

週50時間以上働く校長先生の夫と、芸術家と講師の二足の草鞋を履く妻が話し合ってきたこと

Vol.5とVol.6で紹介するのは、ハネスさん(44歳)とミックさん(44歳)夫婦です。14歳、10歳、7歳のお子さんをお持ちのお2人は、人口約1万人の小さな町に住んでいます。彼らは平屋の一軒家に暮らしており、広い庭では大型犬を飼い、家庭菜園もしています。

母親であるミックさんは、舞台美術家としての仕事やアートアカデミーの先生として働いており、労働時間は流動的です。具体的には定期的に開催されるアートアカデミーの授業を担いながら、舞台美術の仕事が入ってきたときには一定期間にわたって多忙な日々を過ごすことになるといいます。

毎週末、1週間分のタイムスケジュールと役割分担を話し合っている

昨日はハネスさんに、彼が勤める学校でインタビューさせていただきました。本日はミックさん、よろしくお願いします。早速ですが、ご家庭の生活について教えてください。先ほど玄関のところにルーレットがあったのですが、あれは家事の役割分担を決めるものですか?

「あれは、主に週末で誰も家事をしたくないときに、誰がやるのかを決めるルーレットです。食卓を綺麗にする、犬の散歩、床の掃除、食洗機にカトラリーを入れるなどですね。もしも星印のところに当たったら、“幸福の輪”と我々は呼んでいますが、誰もやらなくていいというルールになっています(笑)。そんなに頻繁に使うものではなくて、多くても週に1回くらいですけど」

─ハネスさんが料理の担当は僕だと言っていました。少し詳しく教えてください。

「私がまったく料理しませんので、ハネスが料理をしてくれます。彼は料理することがストレス解消になると言っています。具体的には朝、彼はコーヒーを淹れて、私が起きたばかりのベッドまでそれを持ってきてくれます。そのコーヒーを片手に私は子どもたちを起こしにいき、ハネスは子どもたちの朝食と昼食(ランチボックス)を準備します。一番上の子は自分で昼食を用意しますし、私のぶんの昼食はつくってもらっていません。ハネスはだいたい17時くらいに帰ってきて、夕食の用意もしてくれます」

─学校の送り迎えはどちらの担当ですか?

「学校の送り迎えは、下の2人が必要ですが、私が担当するほうが多いです。ただ、ハネスが校長先生をしている学校に通っているので、タイミングが合うときは彼が送迎します。もちろん私に仕事があるときも、彼が担当します。そういったタイムマネジメントやプランニングや、毎週土曜か日曜に話し合っています」

─いちばん上のお子さんはもう小学校を卒業していますよね?

「はい。ですから彼女はここから1時間ほどかけて、シュタイナー式の教育をしている中等教育の学校に通っています。送迎は必要なくて、自分で公共交通機関を使っています。ときどき彼女が下の子たちを迎えに行ってくれることもあります」

─家事や育児でアウトソーシングサービスを使うことはありますか?

「かつて家事や育児をしてくれる人を雇っていたことがありましたが、いまは雇っていません。オランダではレギュラーで雇う必要があり、そのぶん費用がかさみます。一方で、両親や義理の両親を頼ることはありますし、大きくなった長女と彼女の友だちである近所に住む男の子に育児を依頼することもあります。その場合、お小遣いをあげています。それ以外だと、週に1回、学童保育も利用しています」

─ロックダウン中の生活についても教えてください。

「実は、最初のロックダウンはとても楽しいものでした。私もハネスも子どもたちも家にいて、彼らの面倒は交代でみて、ホームスクーリングは主に私が担当して、ときどきみんなで外に出て体操をしたりと、楽しく過ごしました。しかし、2回目のロックダウンで学校閉鎖になったときは、学校のほうから自宅での過ごし方を構築されていて、ストレスが大きくなりました。

─それは校長先生であるハネスさんが考えたものだと思いますが(笑)。

「そのとおりです(笑)。スケジュール表があって、朝の8時半から1時半までオンライン授業があり、決められた時間割をフォローするのがとても大変でした。ですから先生と話し合い、時間割の通りにやらなくてもいいかと聞いてみました。そうしたら家庭のやり方に合わせて問題ないということだったので、やり方をもう少しフレキシブルにして、ストレスを軽減させました。

また、2回目のロックダウンのときは、週に3回、緊急学童に行かせるように変えました。残りの週2回は私が家でホームスクーリングをみるかたちにしました。オンライン授業に参加するのも可能な範囲だけ。そう決めることで、私は自分のストレスをコントロールするように努めました。親がストレスを感じていたら、子どもたちもそれを感じてしまうので、なるべく自分にプレッシャーをかけず、できる範囲でやっていました」

大きなプレッシャーがのしかかるアーティストとしての仕事は難しかった?

─ミックさんのこれまでの経歴についても教えてください。

「最初に私は美術の先生になる勉強をしました。しかしアーティストになりたい、具体的には舞台芸術家になりたいと考え、芸術学校に行きました。そこの学生だったときから舞台美術の仕事を始め、卒業後もそれを続けました。その当時からハネスとは仕事のパートナーで、私がデザインしたものを彼がつくるというよい関係性が築けていました。

その後、舞台美術家として働くなか、12年前にある学校で講師の仕事を依頼してくれて、やってみることにしました。その1年後には別のアートアカデミーでも教える仕事を依頼され、いまは複数の学校で講師をしています」

─お子さんを育てながら働くというのは大変でしたか?

「最初は子どもがいなかったので、たくさん働きました。しかし、舞台美術家としての仕事は子どもが生まれるたびにストップする必要がありました。(定期的な雇用契約があるわけではないので)出産のたびに仕事はゼロからの出発で、いつも私は自分のキャリアは終わったという気持ちを持ってきました」

─だからこそ講師という安定した仕事も意図的に増やしてきたということでしょうか?

「講師の仕事は雇用されている場合と、フリーランスとして受ける場合の両方がありますけれど、おっしゃるとおり安定しているものだといえます。3人目を産んだのは7年前ですが、それ以前まではアーティストとしての仕事が8割で、教育の仕事は2割でした。3人目が生まれて以降、それは真反対になって、教育の仕事が8割になりました。

やはりアーティストとしての舞台美術の仕事はプロジェクトが始まってから終わるまで、つきっきりで参加していく必要がありますし、よりクオリティの高いものをつくらなければいけないというプレッシャーも非常に大きく、常に気持ちを張っている必要があります。子育てしながらやるには、非常に難易度が高いものだと思います。つまり、3人目が生まれたときに、この走り回るストレスの多い仕事は減らそうと考えたということです」

─それでも2割は残しているんですよね。

「現場のフィーリングを保つという意味、そして過去のクライアントとのつながりを維持するという意味でもそれは重要なことです。だから年に1回か2回はプロジェクトに参加していくのが理想です。そうしたアーティストとしての仕事の依頼を受けたときには、かならずハネスに『やるべきだと思う?』と相談しています。彼は、たいていの場合、私の背中を押してくれます。家のことはどうにかなるからやってみたらいいって。ときどき忙しくて、『ああ、受けなければよかった』と思うこともありますけど(笑)」

─教える仕事は、いつ行っているのでしょうか?

「講師という安定した仕事は、たいていは夜に入れています。ハネスが仕事を終えて夕方に家に帰ってきてから、私は学校に行って教えます。ときどきは先ほども言ったように、母親に来てもらうこともあります。週1回程度ですが、もちろんコロナ中には避けていました」

3人目が生まれてから「仕事のバランス」を大きく変えた

─少し話が戻るのですが、3人目が生まれるまでは、アーティストとしての仕事が8割だったわけですよね。2人目までは可能だったということですか?

「2人目までは可能な範囲でした。でも3人目が生まれたら、とても難しくなりました。ご指摘のとおり、そこには差があります。もっというと、2人目までは子どもたち自身もそんなに大きくなかったので、両親に頼りやすい面もありました。行動範囲が狭かったためです。そうしたことは、どんどん難しくなっていきました。

もちろん教えることの意義や、講師の仕事にやりがいを感じるようになっていったことも影響していますし、3人目が生まれたときに購入したこの家の影響もあると思っていますけれど」

─以前は別のところに住んでいたんですね。

「この家の前は賃貸の家に住んでいましたが、3人目が生まれたときにこの家を買って、引っ越してきて、庭も含めてとても気に入っていて、ずっとここにいたいという気持ちが芽生えました。ワークライフバランスでいうとライフを重視するようになったといえるかもしれません

オランダでは、1人目は簡単、2人目も簡単、でも3人目は難しくなる。そして4人目はまた簡単になると言われているんです」

─そのようなお話は、別のご家庭からも聞きました。子どもは偶数だと仲間はずれが出ないと言っていました。

「いろんな意味で4人目は放ったらかしでも大丈夫になるからという意味なんでしょうね」

─ちなみに子どもの人数については、最初から3人で考えていたのでしょうか?

「実は最初の子どもは、避妊薬を服用していましたが、期せずして妊娠しました。そのときももちろんハネスとは話し合いをしました。私自身、まだ30歳になる前だったので、早すぎると思いましたが、『私たちみたいな良い人が、子どもを残すのは良いことだよ』って言って、産む決断をしました(笑)。そのあと2人目は話し合って、計画的につくりましたが、3人目はまたアクシデントでした。このときには、私のほうがよりほしいという気持ちが強く、出産する決断をしました」

働き方も労働時間も夫婦で相談しながら決めてきた

─家庭内での収入のバランスは、やはりハネスさんのほうが多いのでしょうか?

「ハネスが家庭の収入の多くを担っていて、私の収入はケーキの上に置いたさくらんぼみたいな存在です」

─日本だと、男性がたくさん稼いでいることを理由に家事や育児に非協力的な家庭もあります。

「それはありえませんね。私だけでなく、オランダの女性であれば、みんな家を出ていくと思います(笑)。働き方に関しては、夫婦で相談して決めてきたことですから、どちらがたくさん稼いでいるかということは、家事や育児の参加とは別のことだと思います」

─でも、オランダでも30年ほど前まではそういう価値観ではなかったわけですよね。たとえばミックさんのご両親の世代は、夫は家事や育児を顧みずに働くというのが一般的だった。なぜその考え方が変わってきたのでしょうか。

「教育はその1つでしょう。私は1970年代に生まれた世代ですが、フェミニズム運動が活発になり、学校では男性はこう、女性はこうという固定概念が排除され、誰もがどういう人にもなれるし、どんな仕事もできるということを教わりました。男の子が青で女の子がピンクというのは終わり、学校で扱う色はオレンジ、茶色、紫ばかりになりました。テレビでも男女が平等であるという番組がたくさん放送されていました。

おとなになって、男女が常に平等であるわけではないこともわかりました。たとえば私たちの家庭では、いまはハネスのほうがお金を儲かっていて、私のほうが収入のほうが低いという事実があり、それを自覚しています。けど、それは話し合いをしたうえでの結果であり、私もそれはOKだと合意しているので、問題はないということです。確かに、ときどきは私も『あなたはもう少し家事をやらないといけないわよ』と注意することがありますけれど」

「私たちは常にやりがいのある仕事を探してきました」

─将来に対するお金の不安はありますか?

「以前は2人ともアーティストだったので、お金があるときも、ないときもありました。そうしたこともあり、いまは好きなことをやりたい、買いたいという思いも出てきています。この家はその象徴かもしれません。しかし、庭の手入れにもお金がかかりますし、もちろん犬を飼うこともお金がかかりますし、子どもにもお金がかかります。でも私たちは、家計簿を持っていません。洗濯機が壊れたらどうしようとか冷蔵庫が壊れたらどうしようなどと考えて、少しは貯金もしていますけれど、あまりお金に縛られたいとは思っていません」

─ハネスさんの校長先生やミックさんの講師という仕事はお金のために選んだわけではないということですか?

「私たちは、仕事をお金のために選んでいるのではなくて、やりがいを大切にしています。2人とも理想主義の傾向があるので、やりがいのある仕事を常に探しているし、子どもたちにもそのように教えています。お金のことはその先にあります」

─ハネスさんの転職について、相談しながら決めてきたということでした。いまハネスさんは週60時間という多忙な働き方をしていますが、それは稼げるからではなく、やりがいがあるからGOサインを出したということですか?

「もちろん話し合いのなかで、彼にとってやりがいのある仕事だと感じたので同意しました。というのも、実は校長先生になる以前は、そこまでやりがいを感じられる仕事ではなかったということがありました。彼はそのときの仕事に少し不満を感じていたようです。一方で、彼は教育に関していろいろとアイデアを持っていたので、この校長先生の仕事がいちばん合っているのではないかと、それが彼にとってよい選択なのではないかと思ったのです」

働き方のオプションが広がったことで、これまでよりよい方法を選ぶことが可能になった

─ハネスさんは料理がストレス解消になっていると聞きましたが、ミックさんはどうですか? 自分のストレスを解消するためにしていたことはありますか?

「ハネスは料理だけでなく、毎日ギターを弾く時間をつくってストレスを解消しています。一方で、私は庭仕事が最大のストレス解消法です。ほかにも犬の散歩やサンドボクシング、あるいは友だちに会いに行って話すことなどでリラックスできました。

ちなみに最初のロックダウンでは、完全に家で仕事をしていましたが、2回目のときは講師をしている学校に行っていました。1回目のときはオンライン講義に変わりましたが、2回目のときは対面授業に変わっていたので、現地に行く必要がありました」

─対面授業とオンライン授業で、違いを感じますか? どちらがよいですか?

「もちろん舞台というものを扱ううえでは、対面授業のほうが質の高い教育ができます。しかし、オンラインがだめということではなくて、たとえば先生同士のミーティングはオンラインに切り替わりました。前は、2時間のミーティングのために3時間も電車に乗って、学校のあるアムステルダムまで行くこともありました。これは効率的だとは言えません。学生たちともオンラインで話し合うこともあります。要は、オプションが広がったということで、うまく組み合わせていくことで、これまでよりよい方法を選ぶことが可能になったということだと思います」

─ミックさん、そしてハネスさん、ありがとうございました。

いかがでしたでしょうか? もちろん本連載で書いてきたことがコロナ禍でのオランダのすべてを表しているわけではありませんが、彼らのしなやかに生きている様子が伝わってきたのではないでしょうか。

続けてオランダの企業や行政機関にもインタビューを実施していきたいと思います。乞うご期待ください。

(著者)
秋山開
公益財団法人1more Baby応援団
専務理事

「二人目の壁」をはじめとする妊娠・出産・子育て環境に関する意識調査や、仕事と子育ての両立な どの働き方に関する調査、啓蒙活動を推進。執筆、セミナー等を積極 的に行う。 近著の『18時に帰る-「世界一子どもが幸せな国」オランダの家族 から学ぶ幸せになる働き方』(プレジデント社)は、第6回オフィス 関連書籍審査で優秀賞に選ばれている。二男の父。

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(著書)
『なぜ、あの家族は二人目の壁を乗り越えられたのか?』ママ・パパ1045人に聞いた本当のコト(プレジデント社)
『18時に帰る』「世界一子どもが幸せな国」オランダの家族から学ぶ幸せになる働き方(プレジデント社)

(講演・セミナー例)
〇夫婦・子育ての雑学を知る!「ワンモアベイビー 2人目トリビア」 など
〇著者が語る、オランダの働き方改革 ~オランダが「世界一子どもが幸せな国」になれたわけ~