皆さんも、寝不足をした翌日に仕事に集中できずミスをしたり、仕事能率がとても下がったことを経験したたことがあるかと思います。充分に寝ることは、皆さんの仕事にとってとても大切な要因ですね。

では、どのくらい長く寝るとよいのか、個人個人によって異なると思いますが、睡眠は健康の維持にとって、とても大切な要因です。睡眠不足の蓄積が、ガンや糖尿病、高血圧などの生活習慣病、うつ病などの精神疾患、認知症など、さまざまな疾病の発症リスクを高めていることが、各方面の研究結果から明らかになっています。

しかし、単に睡眠時間が長ければ良いというわけでもないようです。ある研究では、睡眠時間が長くても短くても死亡リスクが高くなり、一番リスクが低いのは7時間付近という研究結果もあります(Cappuccio FP, et al. Sleep. 2010 May;33(5):585-92.)。

このように、睡眠は健康に影響を及ぼしているのですから、生殖分野でも影響を及ぼしているかもしれません。そこで、今回は睡眠が体外受精の成績に及ぼす影響について考えてみることにしました。

日本の女性は慢性的な寝不足状態

厚生労働省が作成している生活習慣病予防のための健康情報サイト(e-ヘルスネット)には、三島和夫氏が睡眠と生活習慣病との深い関係について解説しています。その解説を見ると、日本人の子供や就労者の睡眠時間は世界で最も短く、とくに女性は家事や育児の負担が大きいため、男性よりもさらに睡眠時間が短く、平日・週末を問わず慢性的な寝不足状態にあるそうです。

寝不足が引き起こす病気

慢性的な睡眠不足になると、日中の眠気や意欲低下・記憶力減退など精神機能の低下を引き起こすだけではなく、体内のホルモン分泌や自律神経機能にも大きな影響を及ぼすことが知られています。健康な人でも、十分な睡眠をとった日に比較して、寝不足が二日間続いただけで、食欲を抑えるホルモンであるレプチンの分泌が減少する一方で、食欲を高めるホルモンであるグレリンの分泌が亢進(高い度合にまで進むこと)するため、食欲が増大するそうです。

このため、慢性的な寝不足状態にある人は、糖尿病や心筋梗塞、狭心症などの冠動脈疾患といった生活習慣病に罹りやすいことが明らかになっています。

睡眠不足は妊娠へも影響する

私が関与する生殖の分野でも、睡眠、特にその質は、女性の健康を左右するものとして重要であり、睡眠に障害が起こると、月経周期や妊娠へに影響に加え、更年期の健康にも影響を及ぼすため、その時期の心身・社会的に健康を決定する要因として認識されつつあります。

毎日の睡眠時間がエストラジオール濃度や黄体期のプロゲステロン濃度と正の相関があることを示した研究や、卵巣予備能が低下している若い女性では、睡眠障害を示す傾向が有意に高いという研究などもあります。睡眠は、卵胞発育と性ホルモンを通して、女性の生殖に関する健康に影響を与える可能性があることが明らかになっています。更なるデータの蓄積は必要と考えられていますが、睡眠障害が生物学的に健康にかかわるその他の機能ばかりでなく、生殖能力も低下させるという仮説の信憑性は高いと考えられます。

このため、睡眠が体外受精に及ぼす影響について多くの研究がなされてきましたが、最近まで、一定の傾向が得られませんでした。しかし、2023年になって興味ある研究が発表されたのでご紹介します(Liu Z, et al. Fertil Steril. 2023 Jan;119(1):47-55.)。この研究は、前方視的な観察研究です。7847人の症例からこの研究に合致した3183人を抽出し、睡眠が体外受精に及ぼす影響について研究しています。睡眠に関わる項目としては、睡眠の質、睡眠時間、睡眠時系列(クロノタイプ)を検討しています。睡眠調査票としては、ピッツバーグ睡眠の質指標(PSQI)質問票とミュンヘンのクロノタイプ質問票を使用しています。

PSQIは、睡眠の質を主観的に評価するために、広く用いられている自記式質問票で、過去1ヶ月間の被験者の睡眠の質を評価しています。この評価法は、睡眠障害を7つの側面分け測定します。この研究では、睡眠の質をPSQIの点数から「良」「不良」の二つに分けて検討しています。

また、クロノタイプとは、特定の時間に眠ろうとする身体の自然な傾向のことで、多くの人が「早起き(早寝)」と「夜更かし(遅寝)」の違いとして理解しているものです。この研究では、就寝時刻と起床時刻の中間時刻によって「早起き」「中間」「夜更かし」の三つに分けて検討しています。

妊活に適した睡眠とは?

図を見てください。図1は、臨床妊娠の確率と睡眠時系列(クロノタイプ)の関係を示しています。クロノタイプでは「夜更かし」が、睡眠の質では「良」の群で臨床妊娠が有意に高くなっています。また、図2は生児獲得の確率を示していますが、同様にクロノタイプでは「夜更かし」が、睡眠の質では「良」の群の生児獲得の確率が有意に高くなっています。しかし、睡眠時間の長さは、臨床妊娠・生児獲得の確率に影響はありませんでした(図3・4)。

したがって、体外受精を受ける女性の睡眠の質を管理することは、体外受精の成績を改善するための効率的な方法である可能性があります。日々忙しい環境の中で実行するのは難しいかもしれませんが、ご自分の働く環境の中で、もう一度、少しでもいいので何かできないか、考えてみるのも良いかもしれません。